第15話 人面犬来店

深夜のコンビニバイト十五日目。


お酒やタバコは20歳になってから。

当コンビニでは、明らかに20代未満に見える方には身分証明書のご提示をお願いしている。


ただ、20歳未満かも不明で、身分証明書も持っていない、そもそも人間ではないお客様には、お酒やタバコをお売りしてもいいのだろうか?


「あんちゃーん!ヒックッ酒くれぇ...」


目の前にいる飲んだくれのおっさん...の顔をした犬。

見た目は、柴犬ベースの薄茶色の犬だが、顔は完全におっさんのそれだった。

背中には風呂敷のようなものを背負っている。

完全に酔っ払ってふらふらと来店してきたこのおっさん犬に俺はまず、


「当コンビニではペットのご来店は禁止ですので」


と心底戸惑いながら説明したが、


「俺ぁ、ペットじゃねえんだよぉ!馬鹿にしてんじゃねぇよぉ!」


えっ...何で犬のビジュアルでおっさんの顔なの?喋るの?確かにペットって面じゃないけどさ!どっちかっていうとモンスターの類だよね。


ふらふらと来店してきてレジ前にぺたんとへたり込んでしまったおっさん犬に、保健所に連れて行くべきか考えていたら、今度は酒をくれと言いだした深夜2時30分。


「わ、わんちゃんにお酒は体に悪いですよ...」


「わんちゃんじゃねぇっつってんだろオラァ47歳だっちゅーの!うへぇ...」


あれ、おかしい。

何でもう酔ってんだこの犬。


「あの、もしかしてコンビニに来る前にお酒飲んだりしました?」


「あぁ...飲んだぜ。公園のベンチで飲んだくれてたおっさんに「よぉっ」って声かけたら「おらぁ、夢を見てんのか?まぁいいや、一緒に飲もうぜ」ってもんよ」


酔ったおっさんの順応能力高すぎかよ。

何でこんなおっさんの顔した犬と普通に酒が飲めるんだよ。


「金ならあるぜ」


おっさん犬は、へたり込んで器用に背中の風呂敷の結び目をとくと、中からボロボロの小銭入れを取り出した。

がま口の小銭入れを開けて、


「これだけありゃ、一本買えんだろ」


と千円を差し出した。

いや魔王より金もってんじゃんこのおっさん犬!!どうなってんのこの世の中。


「一応...聞きますが身分証明書は」


「んなもんねぇよ。俺ぁこの通り犬だからな」


大きく手を広げて開き直るようにいうおっさん犬。

いや都合のいい時だけ犬になってんじゃねえよ。


「ついでにタバコもくれ。ワカバ一箱な」


「タバコも吸うんですか!?」


「あ?タバコ吸わなきゃ犬の人生やってらんねぇよ」


「犬の闇を見た気がするよ今」


タバコを吸って酒を飲むらしいおっさんの顔した犬がいる。

て、店長に伝えられるはずがない。

でもこの状況...俺じゃどうしたらいいか分からない。

犬にお酒飲ませたらいけないんだから、犬にお酒売ったことがバレたら警察に捕まる?怖い!!

売ったら売ったで俺は犯罪を犯してしまったんじゃないかと罪悪感でどうにかなりそうだし、売らなかったらうるさそうだし...どうしたものか。


「あの...少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか」


「あ?便所か?早めにな」


お許しも得たので休憩室からそろりと扉を開けて、


「て、店長...」


店長を呼ぶと、ふしゅうううと店長がスリープモードから起動した。


「何か...あったのか?」


「あの、一つ店長にお伺いしたいんですけど、20歳以上って事は分かっているんですけど、人間の常識から外れているお客様にはお酒やタバコを売っても...いいんですかね?」


「.....分かった。すぐ準備する」


目を閉じて一瞬考えた店長は、すぐにどうするか決めて制服に袖を通し始めた。ありがとう店長。

ただ、いつも動じない店長でもこれはちょっと動揺してしまうかもしれない。


店長と店内に出ると、店長はまずお客様を探した。

キョロキョロ辺りを見回して、次に俺をきょとんと見る。可愛い。

俺は、無言のままレジ台の下を見るように視線で促すと、店長は眉をひそめてレジ台の下を確認する。


「......おっ」


「あっ.....」


...え?反応、薄くない?

おっさん犬は酔いが覚めたように目を見開いて、店長は見知った顔を見たような反応だった。


「久しぶりじゃねえかよ店長。元気してたか?」


「おう、元気元気。あんたも元気そうじゃねえか」


店長とおっさん犬は気心の知れた友達のようにパンと笑顔でハイタッチ。

俺の頭は?でいっぱいだった。


「前に一回飲んだんだよ。あの日は寒い冬の日だったなぁ...」


「そうそう、たまたまおでん屋で飲んでた時店長と隣になってさ、話してるうちに仲良くなったんだよな」


いや、話は普通におっさんが仲良くなった話だけどそのビジュアルが全てぶち壊してるんだよなぁ。


しゃがみこんでおっさん犬と話す店長は俺と話すより楽しそうだった。

この湧き上がる寂しい気持ちはジェラシーってやつなんだろうか。


「そっからたまに見かけたら話すようになってさ。何だお前コンビニの店長なんかまだやってんのか?似合わねえなぁ人見知りのくせしてよぉ!」


「やめてくれよ親父さん、これでも頑張ってんですよ俺」


おっさん犬にポンポンと肩を叩かれるゴツイ体の店長。

はたから見たら異常な光景だが、話だけ聞いてると仲のいい親子のようだ。

いつもの頼り甲斐があって、常に俺の前に立って守ってくれている店長がこんな風に同等に背中をつき合わせて話している相手がいるのが意外だった。

犬だけど。


「恋人はできたんか?」


気になる。


「いやいや、俺みたいなのに恋人なんてできるわけないじゃないですか」


「もっと自信持てよぉ!お前根は優しくていい奴なんだからよ。もっとガンガン攻めていけばすぐいい女捕まえられるって」


「ガンガンなんて無理っすよ...女の人と話すの苦手ですし」


店長奥手だった!!奥店長だった!!


「ははっ!見た目の割に奥手な所も変わってねえや!」


店長とおっさん犬はその後も仲良く楽しく談笑し、店長は、


「俺の奢りで」


と自分でお酒を買って風呂敷の中にお酒を入れてあげていた。

そして、ポケットからおっさん犬に気がつかれないように、ボロボロのがま口財布の中に、千円を何枚か突っ込んであげているのを俺は見逃さなかった。


「タバコは体壊すといけないのでダメです。親父さんにはまたお店に来て欲しいので」


タバコは普通にお断りしていた。おっさん犬は、


「ったく...俺なんかにそんな事言ってくれるのは店長だけだよ嬉しいねぇ。禁煙すっかなぁ」


まさか犬から禁煙という言葉を聞く日が来るとは思わなかった。


「店長の子供の顔もみてぇからなぁ」


悪戯っぽく笑うと、おっさん犬は店を後にした。

店長は、優しく目を閉じて俺にポツリと漏らした。


「死んだ親父に似てるんだ...」


何だか少し声が泣きそうだったような気がする。

今日は店長の少し人間的な弱い部分が見えて、少し嬉しかった。

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