第14話 鬼夫婦来店(後半)

「じゃあ、俺先にレジ戻ってますね」


「いや、俺が準備できるまでここにいなさい。話を聞く限り今君が外に出たらまたお客様に集中攻撃を受けてしまうからね。俺の後ろに隠れていていいから、一緒に外に出よう」


「店長ぉお.....」


何で店長独身なんだろ。俺でよかったらもらってほしいくらい格好いいのに。

かちゃかちゃと店長が休憩室で取り出したのは、予想外にも包丁だった。

包丁を持ってにやりと笑う店長に、俺は殺人鬼の顔を見た。


「店長ぉおおおお!!!!やめてください!!確かにあのお客様は嫌な客ですけど!店長が手を汚す事はありませんよ!!まじで!!やめて!!そんな店長見たくない!!」


必死に駆け寄って店長にすがりつくと、


「おいおい、俺は包丁を持っただけだぞ?そんなに怖い人相してるわけでもあるまいし、そんなに慌てなくても」


いや十分怖い人相してるから。

裏で天頂とか世紀末覇者とか呼ばれてるからねあなた。


「と、ところでその包丁...何に使うんですか?」


「まぁ、見てなって」


店長は、まな板や他の調理器具を休憩室の棚から出して、自分のバックからいくつか調味料を取り出した。


「店長、バニラエッセンスとかカバンに入れてるんですか...」


「あぁ、今時普通だろ」


「普通じゃないです」


即答だった。


「匂いを嗅ぐと落ち着くんだよなぁ...」


スーッと匂いを嗅ぎながらうっとりする店長は可愛いけど、街中で突然カバンからバニラエッセンス取り出して嗅いでる男がいたら俺は距離を置く。


「よし、こんなもんか」


店長は、準備が終わったようで入り口に向かった。

俺も後ろについて行く。


「大変お待たせ致しました。理由はバイトの村松さんから聞きました。奥様の誕生日ケーキという事で、素晴らしく仲のいいご夫婦なのですね。これからお作り致しますので、よろしければお二人の素敵な今後の事を語り合いながらそちらの休憩スペースでお待ちいただけませんか?」


店長は、にっこりと営業スマイルで...なんて言った?作るって?これから?

確かにここにはオーブンレンジも、休憩室には料理が趣味の店長が買ったたこ焼き機やホットプレートカセットコンロとかが揃ってるけど...。


二人が休憩スペースの椅子に座ろうとした際、すかさずどっから持ってきたのか白と赤のハートのクッションをしいて、テーブルにはファサッとどっから出したのかレースのテーブルクロスをかけた店長。

もはや店長はマジシャンだ。


店長は急いで、コンビニをあるきまわり、板チョコ、卵、小さいシュークリーム、アポロチョコ、アラザン、生クリーム、フルーツの缶詰、白ワイン、アイスの実を買い集め、自分で凄い勢いでレジを打って自費で支払い休憩室へ。


「ちょいとレジ見ててくれ。お客様に呼ばれたら呼んでくれ」


「は、はい」


少ししたら店長がピンクのエプロンをして出てきた。可愛い。


「お待たせいたしました」


お盆には、どっから持ってきたんだっていうカクテルグラスが乗っていて中身は透明な飲料に紫色の丸い玉が入った飲み物だった。

何だあれ...。


完全に高級レストランのウェイターって感じで現れた店長シェフ兼ウェイターは、飲み物をお二人の前に置いて、


「お待たせいたしましたお客様。白ワインと禁断の果実~アダムとイブ~でございます」


いやここコンビニだから!!!

そして店長ここの店長だから!!

何高級レストランの飲み物みたいな感じで出してんの!?

アダムとイブって何!?


「おぉ、最初に飲み物まで出てくるなんてここはなかなかいい店だねポムポムきっちょむ♡」

「綺麗ね、おーたん♡」


そして店長は黒子のように休憩室に戻っていった。


「白ワインにしゅわしゅわした冷たいアイスみたいなのが入ってるね」

「美味しいわねおーたん♡」


それさっき店長が買ってた白ワインとアイスの実やんけ!!

すごい...全く今後の展開予想ができないんだけど。


「お待たせ致しました」


今度は、お盆に小さいシュークリームがタワーとなって連なり、そこにアポロチョコがところどころデコレーションされているホームパーティとかでよくあるやつを持ってきた。

ダメだよ店長...その二人はメインをはれるようなケーキを求めているんだよ!!


「これ、違うよ。どういう事だい...?俺が求めているのは」


あぁ、やっぱりおーたんが噛み付いてきやがった。顔が少しずつメキメキと鬼の顔に変わって...。


「お客様、こちらは前菜のようなものでございます。メインのケーキはこの後にご用意しております。もう少しで焼き終わりますので」


「な、なんだと.....」


「こちらのスイーツ、これから少々仕上げをさせていただきます」


店長は、また休憩室に戻り溶かしたチョコレートを持ってきた。


「ま、まさか...」


「失礼致します」


さながらショコラティエのようにチョコレートを高い位置から回しかけ、その姿はさながら、妖精が美しい鱗粉を振りまいているようだった。

そして、アラザンを塩をひとつまみかけるようにまぶし、それで終わりかと思ったら小さい小人達のチョコレート細工まで用意して、シュークリームの山に登る小人達を配置していった。


「あらぁ可愛いわ♡」


これには女性のポムポムきっちょむもご満悦だった。

それを見て嬉しそうなおーたん。


「こちら、~愉快な小人達の山登り~でございます」


題名まで可愛いじゃないか。やるな店長。

俺もちょっとワクワクしてきていた。


「お待たせいたしました」


ラストは生クリームの乗ったケーキに飴細工のようなもので鳥の巣が作ってあり、鳥の巣の前には「HAPPYBIRTHDAY~末長くお幸せに~」のチョコレート。

まじで神だよ店長。


「ケーキだ...すごいよポムポムきっちょむ♡今深夜2時50分。3時までに食べれたね」

「えぇ、見て!おーたん♡ちゃんと文字が書いてあるわ!」


きゃっきゃとはしゃぐ二人に、店長はラストに飴細工で作った透き通った白鳥を鳥の巣に乗せた。


「こ...これは...素晴らしい完成度だ。味も売ってるかのように最高に美味しい...コンビニだから小麦粉なんてないはずだろ?どうやって作ったんだ...?」


おーたんが神パティシエ店長に問うと、神パティシエ店長は、


「恐れ入ります。卵とチョコレートとサラダ油で炊飯器を用いてケーキを作らせていただきました。真ん中には食感を加える為に缶詰のフルーツなども挟んでおります。道具などはもともと私が料理が趣味という事もあり用意してありましたので」


「すごい...あんたは立派な神パティシエだよ。チョコレートの甘みが俺達の甘い関係を表しているみたいだ。美味しいよ...ありがとう。ありがとう...誕生日にポムポムきっちょむの笑顔が一時間でも長く見えて俺は嬉しいよ」


目が潤んできたおーたんの肩にそっと手を添えた店長は、


「奥さんを愛するあなたの気持ちが、彼女を笑顔にするんですよ...素敵な誕生日をお過ごし下さい」


惚れた。


「はい!ありがとう...正直期待はずれかなって思ってたんですけど、予想以上だったよ。ね、ポムポムきっちょむ♡」


「本当よ、このコンビニを選ぼうっていってくれたおーたん♡のお手柄ね」


「いやいやポムポムきっちょむだってぇ」


幸せそうな二人を腕を組んで休憩室の前からうんうんと頷き見守る店長を見て、俺はこの人と結婚したら絶対に幸せにしてもらえそうだと思った。


「お金はいりませんよ。誕生日プレゼントって事で」


店長は最後まで気前が良かった。


「店長、よかったんですか?お金くらい貰っておけばよかったのに」


「いいんだよ。毎日が誰かの誕生日だってぇのに、俺には祝う相手がいねぇからさ。こうして久々に誰かの誕生日を祝えるってのが楽しいのよ」


鼻を擦りながら微笑む店長に、俺は心の底から店長の誕生日、七月一日は盛大にお祝いしようと思った。

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