第13話 鬼夫婦来店(前半)

深夜のコンビニバイト十三日目。


ピロリロピロリロ


「いらっ」


俺のいらっしゃいませ、は甘ったるい猫なで声の二人組に遮られた。


「やーだ♡もうおーたんったらぁ」


「もーう♡やめてよぉポムポムきっちょむぅ」


「ぶっ.....くっくく....」


だめだ。笑うな俺。落ち着け、無表情だ。俺は今無表情、無の境地。

うわぁ.....バイト早々きっついなぁ。

しかもなんか、あの、頭に...角が生えてるんだけど二人共。


「おーたん♡」


「ポムポムきっちょむ♡」


おーたん(笑)の方は、丸メガネでいかにも弱々しそうなごく普通の黒髪の男性だった。

ただ、頭に二つ鬼のような角が生えている事を除いて。


一方ポムポムきっちょむ(笑)これはちょっとネーミングセンスがどうかと思うし、俺も吹き出す一歩手前だった。いやごめんちょっと吹き出した。

遊園地のキャラクターじゃねえんだよ。

ふざけんなよ面白いじゃないかよ。


ポムポムきっちょむさんは、黒髪を後ろで一つ結びにしている俺の母親より若い美人な主婦って感じだけど。

胸から「本日の主役」という赤文字のたすきをかけていて、頭には三角コーンみたいな金と赤のストライプの帽子が頭に生えている立派な角に被さっていること以外は。


二人はどピンク色の空気を周期に撒き散らしながら腕を組んで店内を回っていた。

その間も、店内から


「おーたん♡」


「ポムポムきっちょむ♡」


とずっと聞こえてくるのもう頭からポムポムきっちょむが離れなくなるからマジでやめてくれ。

耳を塞いでポムポムきっちょむをシャットダウンして悶えていると、店内をぐるりと回ってきた二人は、レジにまっすぐ歩いて来た。


「「(せーの)店員さん、誕生日ケーキはない?」」


何を言われるかと思えば。

そんな事どっちかが言えばいいじゃないか...。


「スイーツコーナーに二つセットでショートケーキがあれば...」


俺は、スイーツコーナーに向かおうとしたが、


「もう見たよ、ケーキらしいケーキがもうなくてね、どら焼きとか、ロールケーキがあったけど、そうじゃないんだよね。俺はポムポムきっちょむの折角の誕生日、ちゃんとしたスポンジケーキを食べさせてあげたいんだ」


ロールケーキもスポンジのケーキなんですけど。

ただ、言っていることはわかる。

ポムポムきっちょむさん今日誕生日だったのか。だから本日の主役...成る程ね。

はぁ、そもそもケーキを今更買いに来るなって話だよ。

今はケーキ屋さんもしまっているだろうし、作るにしてもスーパーは言わずもがな深夜2時以降しまっているに決まっている。

呆れながらも一応在庫確認しに行ってみるか。


「在庫を確認してまいります。少々お待ちください」


「よかったね、ポムポムきっちょむ!あるかもしれないよケーキ」


「ふふ、よかったなぁおーたん♡さっきの嬉しかったよ。鬼格好良かった!」


「そんな、やめてよ。ポムポムきっちょむの可愛さなんて、俺の格好よさを遥かに凌駕して俺なんか角の先っちょも見えないよ」


何言ってんのかよくわかんないけど鬼っぽい話をしているのはわかる。


在庫を確認しに行ったが、最悪だ。

届いても今日の朝。今日の朝にドサっと来るんだけどな。

この二人には申し訳ないが、お断りするしかないか...。


在庫確認を終えた俺を、待ちわびたというキラキラした顔で待っていた二人に、この事実は大変伝えにくい。

だが、真実を伝えるしかない。


「お客様、申し訳ございません。ケーキ類、本日の朝になら届くのですが只今在庫切れでして」


頭を下げて誠心誠意伝える。

...あれ、何も言わない?

顔をゆっくり上げると、さっきまでニコニコキラキラしていた二人が鬼の形相でこちらを見ていた。

俺はサァッと血の気が引いていくのを実感した。


「それは困るよ。今日は何の日って可愛い可愛い俺のポムポムきっちょむがこの世に生を受けたこの世で一番素晴らしい日だよ。俺は今日この日、ポムポムきっちょむと誕生日ケーキを一時間ごとに一つたべるって決めてるんだ。その度に二人で愛を語り合いたいの。俺達いつもはベッドでいちゃいちゃしながら深夜2時に寝るんだけど今日はついさっき話し合って、ポムポムきっちょむの誕生日で一時間でも長く起きてようってことで3時まで起きてるつもりなの。3時から8時までぐっすり寝て、朝にケーキを食べるの。だから俺達はこの一時間は二人でケーキを食べる大事な時間にしたいの。ない、じゃ済まされないんだよ。色々回ってもうここしかないんだから」


息継ぎなしで顔面ギリギリまで顔を近づけておーたんは話し続けた。

めちゃくちゃ二人勝手な話を。

そりゃあ大事な人の誕生日に何かしたいというのはいいことだと思うけど、それは他人に迷惑をかけてまでする事じゃないだろ。

ないもんはないんだから、我慢して二人でいちゃいちゃして寝ればいいじゃないか。


「用意してくれるわよね?」


鬼の形相がにっこり笑ったポムポムきっちょむ。

全然ポムポムきっちょむじゃないよ。

無理だって言ってんだろ。

二人が俺にじりじりと顔を近づけて迫ってくる。


「今日は大事な日なんだよ。ケーキ今から発注して届けてもらってよ」

「この世界ではお客様は神様なんでしょう?」


勝手な事言うなと怒鳴りたくなるのをぐっと我慢する。

こいつら...もう俺は知らないぞ。

店長を呼んでやる。


「申し訳ございませんが、少々お待ちいただけますか」


俺は一方的に言って店長のすやすや寝ている休憩室に駆け込んだ。


「店長ぉお...」


弱々しく店長を呼ぶと、ふしゅううぅと、店長がスリープモードから起動するように大きく息を吐いて、


「...何か、あったのか?」


ゆっくりと起き上がる店長の顔を見てちょっと今回、俺涙が出そうなくらい安心してしまった。


電気をつけ、わけを話すと、店長は目を閉じてうんうん、うんうん、と腕を組んでじっくり聞いてくれた。すごく安心した。

もう俺店長大好き...。


「分かった。ちょっと準備する」


準備?

首をかしげると、店長は安心しろと言うようにグッと親指を立てた。

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