第16話 吸血姫来店 (前編)

深夜のコンビニバイト十六日目。


いつものようにコンビニのゴミ箱を確認に行く時、ふと違和感を覚えて空を見上げる。

何か...今日月、赤くない?


ザアッと風が吹いて、生暖かい風が俺の頰を撫でた。


「風が強いな。さっさとこの溢れかえったゴミを...」


ゴミに気を取られていた俺は、背後に立っていた人影に気がつかなかった。


「そこの人間よ」


声から判断するに、俺より年上の女性の声だった。


「は、はい」


そこの人間よ、その時点で俺は普通の人じゃないという事は大体察した。

ゆっくり後ろを振り返ると、月明かりに照らされて浮かび上がった美しい女性に、俺は目を奪われた。


月明かりに照らされサラサラと流れる銀髪に、胸元の大きく開き、黒いレースが所々に施された豪華なドレス、ドレスとお揃いの赤と黒のレースの扇をひらひらさせながら、切れ長の真っ赤な瞳が俺を捉えて離さなかった。


「妾の名はセルフィッシュ・エゴイスティア。この場所は妾好みのいい香りがする。妾は腹が減ったぞ。お主、その身を持って、妾をもてなすがよい」


白くて美しい手が俺の頰を撫でる。

頭がボーっとして、この人になら従ってもいいかなという気持ちになる。

いや、俺は元々彼女のセルフィ様の下僕だったんだ。

セルフィ様...美しいセルフィ様...セルフィ様万歳...。


「.....はい、仰せのままに」


「ふふ、人間は簡単だな.....この芳醇な香り...やっぱりこの場所から匂ってるようだ...」


セルフィ様は、扇を胸の谷間にしまい、俺の頰をその美しい手で挟んだ。

そして、俺の耳元に朝露に濡れた薔薇の花のような唇を近づける。


「若くて汚れも知らなさそうな純粋そうな男よ.....妾がこれからお前を汚すのだ....」


「はい.....仰せのままに」


「今宵は良い月だ.....いい食事ができそうだな」


愛おしそうに俺の首筋を撫でながら、俺の首元に唇を近づけ、カパッと口を開いた。

開いた口から鋭い二本の歯がギラリと光る。


「では、いただくとし...っなっ!?」


突然、俺は何者かに凄い速さで後ろに突き飛ばされ、セルフィ様は俺から飛び退くように離れた。


「なっ!?なんじゃお主は!?」


風で目がさめるような美しい黒髪がなびいていた。


「あっ...あれ、俺...何してたんだ?」


俺の前に俺を守るように立っていた彼女──目の前の銀髪の女性と同じ赤い、身体のラインが出るようなミニスカートのシャツワンピースに、威嚇するように鋭い鎌の刃先を銀髪の女性に向けていたのは、いつぞやの口裂け女さんだった。


「.....殺す....殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す私のハルに...何気安く触ってるの...?私とハルは恋人同士なのよ?私以外の女がハルに触れて言いわけないじゃない...?死になさい破廉恥ビッチ女!いや、私が殺す今すぐ殺す!!」


いやなんて?

今なんか、あの、あれ?俺と口裂け女さんが恋人?


ズカズカと銀髪の女性に鎌の刃先を向けたまま近づいていく口裂け女さんに俺は急いで立ち上がって止めるべく突っ込んでいった。


「やめて!やめてください!口裂け女さん!」


「綾女(あやめ)って名前で呼んで」


淡々と言いながら足は全く止まらない口裂け女さんの鎌を持った手を俺は追いついてがしっと掴んだ。


「やめてください!綾女さん!」


「ひゃっ!!」


左手も封じるべく左手も掴んでおいた。


「は、ハル...離して、あの女...許せないのよ。私のハルを...」


「外が騒がしいと思ったら...どうしたんだぃ...」


眠い目をこすりながら店長が店から出てきた。もうこれ色々どうしよう。

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