第9話 織田信長来店
深夜のコンビニバイト九日目。
ピロリロピロリロ
「いらっ」
しゃいませは言えなかった。
いやいつも普段言えない時の方が多いけど。いやなんでだよ。
馬に乗ってご来店してきたのは、前髪を全部キュッと後ろで縛り、黒い筆で「のぶなが」と平仮名で書いてあるティーシャツにジーパン、つっかけの馬に乗っているとは思えない程服装はラフなちょび髭のおじさんだった。
てかちょ、まっ馬だ...あが、やばい。昨日ペット禁止って言ったばっかりなのに、なんかきたんだけど馬乗ってコンビニ来てるんだけどこの人。
「お、お客様...店内はペット禁止ですので」
めちゃくちゃ声をかけたくないが、仕方ないので恐る恐る声をかける。
「ぺっと?...見た事ないのか?これは馬だ。それと貴様、ワシに話しかける時は必ず「信長様、お話があります」をつけろ。ワシは天下の織田信長であるぞ」
いや嘘だろ!?ついにコンビニに天下の織田信長来ちゃったよ!!
待ってくれ、魔王河童かぐや姫死神ときてまさかの歴史上の人物まで来店するなんて聞いてないんだけど勘弁してくれ。統一してくれ毎日ある程度何が来るか予想できるようにそして俺が対処できるように!!
「の、信長様、お話があります。馬はコンビニに入ってきてはいけないんですよ。だからちょっとだけ外にそのお馬を置いてからコンビニに入ってきてもらえないですかね」
「入ってはいけないだと?そんなルールは今ワシが消した。これからは入ってきていい事にする。今ワシが決めた」
このクソちょび髭野郎...馬から振り落とされて怪我しろ。
ダメだダメだ天下の織田信長様にそんな事を言ってはいけない落ち着け俺、落ち着け...。
「信長様お話があります。じゃあ商品を売りませんよ俺は!信長様が何を買うかは知りませんけど」
「商品を売らないだと!切腹だぞ!」
「信長様お話があります。それはもうここでは通用しませんので、ここは現代の日本ですから。残念ながら打ち首もないですし、切腹もないんです」
腰に刀を下げていないのは確認済みだ。というかどんだけラフな格好できてんだよ。織田信長様は、馬に乗ったまま腕を組んでうーむと唸った。
「他の店は全て断られてしまったからな。ここならいいと思ったのだが」
「信長様お話があります。何でここならいいと思ったのか理解に苦しみます」
「うーむ...どうしても今買わねばならぬからな。是非に及ばず。仕方ない猿よ。少し外に出ていてくれ」
いや馬に猿ってつけてんのこの人。
発想がユニークすぎるでしょ。
まじで何買いにきたの。
コンビニの外に馬を繋いできた信長様が、ニヤニヤしながら真っ直ぐ向かって行ったのは、予想外にも課金カード売り場でちょっと吹き出しそうになった。
待って待って...信長様10枚くらい束でとってニヤニヤしている。正直気持ち悪い。
これから課金する時のオタクの顔してるこの人!!
真っ直ぐレジに向かってきた。顔を作れ俺。真面目な顔をしろ俺。
「とりあえず10枚ベットじゃな」
ポーカーする時のトランプみたいに課金カードを持って、お会計時にはそのトランプで自分をあおいでいた。
完全にこの10枚で当たるって感じの余裕のオタクの顔をしていた。
お会計が終わると、コンビニから出るかと思いきや、休憩スペースに座り込んだので、ちょっとレジからその様子をのぞいてみると、お釣りの10円で早速課金カードのコードを削って見ている。
まさかこの人ここでガチャ引くつもりなの!?
「よっしゃああ!!行くぞ!!ワシを引くんじゃぁ!織田信長ガチャ回すのじゃ...いけっ...いけいけぇ!」
いけいけぇ!と両手を交互に突き上げる織田信長様。こんな信長様見たくなかった。
完全にこれからワクワクガチャを引くオタクの顔をしていた。
そもそも織田信長ガチャってなんだよ。
***
「更に10枚追加じゃぁ...」
数分後、頭を抱えて課金カード売り場に走っていったと思ったら、息を切らしながらさらに10枚課金カードをお買い求めになられた信長様は、また休憩スペースにどかっと座り込みガチャを引き始めた。
「織田信長の元に織田信長が来なくて誰が織田信長だというのだ!来い...来い...ワシよ来い....」
自分をガチャで引きたいのはよくわかった。自分の事好きすぎだろティーシャツにしてもそう、最初のワシが言うからそうなんだ、みたいな態度もそうだけど。
***
「何でじゃぁあああ!!」
頭をガンッとテーブルに打ち付けて頭を抱えて机に突っ伏した信長様を見てあぁ、また爆死したんだと悟った。
「今度は30枚一気に買うぞ...」
血走った目で息を切らしながらレジにきた信長様に、流石に見ていられなかったので、
「信長様お話があります。あの...30枚はちょっと流石に勝負しすぎかと思いますよ。それで出なかったらどうするんですか」
「確率が2倍の今しか引く時がないんじゃ!二倍っていっても普段の確率が1パーセントっていうクソ確率のガチャじゃから2パーセント!やっぱりちまちま引いてても致し方なし!ワシはもう引くぞ!30枚でカタをつけてやるのじゃ!」
よくそんな湯水のように課金カードなんかに金を使えるものだな。
余程ガチャで自分を引きたいんだなこの人。
「信長様、お話があります。頑張ってください」
***
レジ台に肘をついて観察していると、とうとう信長様がおかしくなってきた。
数分くらい経ってカードの山が全て積み上がったあたりで椅子から立って、座ってを繰り返して、
「何でじゃあああ!!!何でなんじゃあああ!!物欲センサーしねぇええええ!!」
ガチャに親を殺されたって感じの顔をしていた。
もうだめだこの人。
***
「店にある課金カードを全て持ってくるのじゃ...ワシはガチャ更新で信長ガチャが更新されて別のガチャになってしまう朝の四時までに星5の織田信長を引かなくてはならぬのじゃ」
血走った目でレジ台にしがみついている信長様を見ていると、ちょっと可哀想になってきた。ガチャはここまで人を狂わせるものなのか。
「信長様、お話があります。もうやめてくださいみていられません」
「やめぬ...やめぬやめぬやめぬ。天下統一は成し遂げることはできなかったが、ガチャで織田信長を引くことは成し遂げなくてはならないのだ」
なんか歴史に名を残しそうなこと言ってるけどこの人。
だがそんな姿を見せられたら...売らないわけにはいかないよな。
俺も覚悟を決めた。
何の覚悟だ?
そんなの決まっている。
ガチャ狂いの織田信長様に課金カードを売り、その行く末を見守る覚悟だ。
「信長様、お話があります。この店にある課金カード、全て持ってきました」
「何枚ある?」
「120枚程」
「フフッはははははははははっ!!はーっはっはっは!!圧倒的ではないか我が軍は!!全て頂こう」
俺達は笑いあった。
大丈夫。信長様。それだけの兵がいればきっとこちらの世界で天下統一を成し遂げることができます。(織田信長を引くことができます)
「行ってくる」
信長様はこれから血塗られた戦場に行く戦国武将そのものの大きな背中で戦場へ(休憩スペースへ)向かった。
俺は、静かに敬礼した。
***
7/10くらいカードが減ったあたりで少し信長様にも焦りが見られてくる。
残り半分以下。
信長様も最初は一喜一憂していたが、途中から真顔でただガチャを回すロボットみたいになってしまっていた。
もしだめだったらコーヒーくらいは奢ってあげよう...。
そんな事を考えていたら、
「おい、そこの、こっちに来い」
突然信長様に声をかけられた。
「え?あ、はい。なんですか?」
咄嗟のことで信長様お話がありますを忘れてしまった。
「ちょっとこれ引いてくれる?ワシもう指が疲れた」
「えぇっ...いいんですか!」
ちょっとガチャを引くのに興味があった。もともとガチャガチャとか、くじ引きとか何が出るかわからないものを引くのが好きだったからだ。
コクリと頷いた信長様の隣で、
「この10連ガチャを引くを押す」
短く指示を受けてからポチッと押してみると、画面が虹色に光りだした。
「おっ?おっ!?おっ!?」
信長様が立ち上がって、何やら慌てだした。
テレテレーテレッテレー愉快なBGMと共に現れたのは、織田信長の文字とイケメン武将のイラスト。
「あれっ.....これ」
「アッ.....アッ....アッアッ....」
涙をこらえたガチャで推しを引いたオタクのような顔をしてとうとう顔を覆ってしまった信長様に、
「まさか?」
と聞くと、信長様はこくりと大きく頷いた。
「ありがとう...ワシはお前に国を褒美に一つやりたいくらいじゃ。もしくはワシの妹の夫にしてやってもいいぞ」
「いや俺ガチャで織田信長を引いただけなんですけど」
震えながら信長様は、喜ばれていた。
「携帯の充電がなくなってきたから帰る。ありがとうこの恩は一生忘れない。何か困ったらワシを呼べ」
織田信長様を呼ぶほど困ることはないと思うんですけどね。
爽やかに軽やかに、信長様は馬に乗って帰っていかれた。
休憩スペースのテーブルの上に山積みになった課金カードを処分しながら織田信長を引いた時の信長様の嬉しそうな顔を見てくすりと笑った。
大量に課金カード発注しておかないとな、なんて考える深夜3時50分。
また信長様がくるかは、わかんないけどね。
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