第8話 死神来店
深夜のコンビニバイト八日目。
今日はやけに、コンビニの外がカラスの鳴き声でうるさい夜だった。
ピロリロピロリロ
「いらっしゃ...」
アーッ!!アーッ!!!アーッ!!!
バサバサバサッ!!!
コンビニの自動扉から真っ黒いカラスが店内に流れこむように入ってきた。
「うわぁああ!!!なんだなんだなんだ!!」
バサバサバサッと耳に不愉快な羽ばたく音に、眉をしかめながら店内を見渡すと、流れこんだカラスはお利口に棚の上に一列に並び、一斉に黒猫のように俺を見つめていた。
「薄汚い店内だな」
入り口に立っているカラスを白髪の頭に、両肩に、広げた両手に乗せ、黒いガスマスクをつけたカラスのように黒いスーツの男は、カラスを引き連れて店内に入るや否や、自然に口にしてしまった。というようにそう口にしたのだ。
俺は、一瞬何が起きたのかわからなかった。
棚の上に陳列されるように並ぶカラス。
入り口には、黒いガスマスクにスーツの明らかに今まで来た客と同じ感じの只者じゃない雰囲気の男。
店内に入るや否や、「薄汚い店内」との悪口。
「あの.....え?こ、このコンビニ、ぺ、ペット...っていうか、野鳥オッケーでしたっけ?」
「こいつらはペットじゃないカラスだ。貴様より賢く、俺の飼っているカラスだから恐らく貴様より清潔だ」
ツカツカとレジに向かって来たガスマスクカラス男は、俺の前に立つなり、
「この店はちゃんと隅から隅まで掃除はしているのか?」
「してますけど...」
「命にかけて、そう誓えるか?」
命にかけて、の部分に力が入り低く、重い声でガスマスク越しに俺の顔から嘘か、本当か真実を読み取ろうとするようにじっと俺の顔を眺めた。
「はい、してます。俺掃除好きなんで店長としてます」
近い、怖い、シュコーシュコーと、ガスマスク内で息をする音が聞こえた。
「ほーう?では、特に力を入れている場所はどこだ?」
「雑誌類のある本棚とか、よく埃が溜まるんで。あと店長は外のゴミ箱とかふいたりしてます」
「ほーう?その程度で掃除した気になっているとは、掃除機を発明したダイソンもお笑いだな」
「.....」
俺を見て何かを待っているようにじっと見つめられる。
「あはっ...あははっ」
うんうん、それでいいと腕組んで頷くな面倒くさい。
なんだこいつ。冷静に考えてみればめちゃくちゃ偉そうだし、変な格好してるし、お腹が空いた時に獲物を見つけた時の目をしてカラスめっちゃこっち見てるしなに俺啄まれるの。死ぬの。
「あの、お、お客さんは何なんですか」
「何、とは?」
白い手袋のはめた手で顎をガスマスクのでっぱりを撫でながら首を傾げるガスマスクカラス男に、
「あの、えっと例えば。異世界から来ましたとか、日本昔話に出てくるあの人です、とか、妖怪です、とか」
「.....私はそのどれにも属さない」
低く、くぐもった声で肩に止まっているカラスの頭をちょんと人差し指で撫でると、人差し指を上にあげ、
「私は死神だから」
死神ぃいいいいい!?
全く新しいタイプの人だ。もう変な人しか来なくてちょっとその状況に慣れつつある俺もびっくりだよ。
「カラスをそうやって操ってるのも死神だからなんですか。確かに死神とカラスって合ってる気がするけど」
「操る?いやいや私はカラスに懐かれやすい体質なだけだよ。全員私が飼っている利口なカラスさ」
懐かれやすいだけでこれぇええ!?
肩から頭から手からめっちゃカラス止まってるんだけど!!
「さて、私がここに来た理由をそろそろ話そうか」
「あの大量のカラス解き放って店の中めちゃくちゃにしたかっただけじゃなかったんですか。モーソンのライバル店の回し者じゃないんですか」
「そんな不純な理由ではない。これは私の良心でやっている事だ」
何が良心だ。
俺は、流石に今夜の客に関しては頭が冷静になれなかった。
「クソ迷惑してるんですけどね。正直今すぐ帰ってほしいですけどね、これ普通にただの消毒じゃ済まないレベルなんで。カラスがこんなにいたのが知れたらコンビニが潰れてしまいます。貴方のせいで店長がここまで築き上げて来たコンビニがこのカラス達のせいで。今すぐカラスを外に出してください!」
怒りを込めた拳を握りしめて、入り口をビシッと指差した。
「こんな所店長に見られたら....」
頭を抱えた。想像しただけで鬱になりそうだ。
「その店長ってやつは死神の私より恐ろしいのか?」
「死神より店長の方が今は100倍怖い。今すぐカラスを外に出さないと店内にいるカラスを素手で全匹仕留めてこのままだとカラス汁にされてぺろりと食べられますよ」
コンビニは、食料品を扱うお店だ。ペットも禁止だし、勿論野鳥のカラスなんて言語道断だ。店長が見たらなんて言うか....。
死神が、それを聞いて秒で指パッチンをすると、カラスがサァッと店内から引いて行った。
「この程度じゃダメだ。店長はかすかな匂いでカラスがきたってすぐに分かってしまうからな店長にかかれば外に出た瞬間にどのカラスが店に来たか一瞬で見分け、見えない羽で空を飛んで捕まえに行きますから」
「次はどうすればいい?」
死神は、真剣な声色で俺に問いかける。
「もう無理ですよ。店を丸ごと消毒してカラスの痕跡を消すくらいの事をしないと」
「.....店内を丸ごと消毒すればいいのか?」
できますけど。というように死神は背中に背負っていたガスボンベのようなものを床に下ろした。
「これは潔癖症の俺が使用している特別製の消毒液だ。いつもスプレータイプを持ち歩き食べるものに吹きかけているのだが、味は変わらず、匂いも出ない。私がいつも背中に持ち歩いているガスボンベの中には煙タイプの消毒液が入っている。消化器のように使用すると、店内に消毒煙が充満し、店内が丸ごと洗われるわけだ」
「なんでそんなの背負ってるんですか」
「潔癖症は、自分の所持している消毒液が大きければ大きいほど心が安心するんだ。一旦店外に出ていろ」
言われた通りに外に出ると、プシュウウウという空気の抜けるような音がして、店内が消毒液の煙で真っ白になった。
少しすると死神が出てきて、自動ドアの前で煙を外に出すように手を振りながらこっちを見ていた。ガスマスクが手伝えと言っているようだった。
自動ドアの扉を開けっぱなしにして、二人で煙を外に出す。換気扇も全開にして、窓も全て全開にする。
幸い風が吹いていたので少ししたら店内から煙はなくなった。
「今この店はこの町のどの店よりも綺麗な店内になっているだろう。それではここからが本番だな」
死神が腰に手を当てて力強く言うものだから俺は驚愕して聞き返してしまった。
「え!?なんですかもう帰ってもいいですよ」
「私の本来の目的は、この場所を「掃除」する事だ」
「.....え?」
「店内をピカピカにするから、掃除道具を貸してくれないか?」
...カラスを店内に入れてしまったお詫びに掃除をして帰るって事か?
余計な事をするわけではなく、お詫びの意味で掃除というのは予想外だった。
「本当に、変な事はしないから。掃除させてくれ」
真剣なガスマスクが俺を真っ直ぐ見つめる。大分反省しているようだ。
「わかった。じゃあ掃除道具持ってきますから、一緒にやりましょう」
それから、俺達はコンビニの至る所を掃除した。
「窓のサンのムシもムシせずにな」
すかさずじっと俺を見る死神に、
「あはっ...あはは」
「しょーじきに言うと店内に一つそーじきがあるといいんだけどなぁ。細かいところも吸えるし」
じっと俺を見つめる死神に、
「へ、へへっ...あはは」
「ごみんなさい。悪いがこのゴミを捨ててきてくれないか?」
「ふふっ...へへっ...はぁ」
それ面白いと思って言ってるのだろうか。真顔で笑ってるの声だけだからな俺。
その反応に嬉しそうにギャグを連発して来るのが痛々しい。痛々しぃにがみ。やめろ。俺もつまんない事言いそうになった。
掃除より、ちょくちょくクソつまらないギャグを言って死神が俺の反応を待ってるのが一番疲れる。
「死神さんは、いつもカラスを連れて街をこんな風に徘徊してるんですか」
「いや、今日は気分が良くてカラス達と散歩してたらここを見つけて入っただけだ。普段は一人だ。カラスを店内に入れてはいけないと言う事を知らなかった。やはり人間の常識は難しい」
今日がたまたまだったのかよ。最悪のタイミングでこの店にご来店しちゃったわけか。
なんだ、この人普通にいい人なんじゃないか?ちょっと潔癖症がイッちゃってるだけで。
「私は潔癖症だからな、少しでも汚いと思った所にはいられない。故に汚い奴は嫌いだ。町の中で私が汚いと思った奴は死期を適当に5年くらい早めている」
最低だこいつ!!
死神の力めっちゃ私情で使ってるよ!!
しかも汚いの基準が低そうだし。
「貴様は薄汚い人間にしてはまだ許せるレベルだ。汚いまではいってないからな」
多分褒められたけど言い方があんまり嬉しくない。
「あのコンビニも薄汚いって言ってましたけど」
「あぁ、私の中の薄汚いは私の入れる店。だからな。私が今まで入った店で綺麗だった店は一つもないしな」
いやこの死神の綺麗基準思った通り高すぎるんだよなぁ。
朝日が昇って窓に光が差した。
俺と死神は、深夜2時半頃から朝の6時頃までずっと掃除をしていた。
顔が見える程にピカピカに磨かれた床と、新品のようなフライヤー、黒ずみ一つないレジ台とレジ。
どっと疲れが出て、無言でレジ台に突っ伏していると、死神がレジ前に立った。
「コーヒー、ここで飲んでいくよ」
ホットコーヒーを注文した死神は、ガスマスクの口元のでっぱりの蓋を開けて、カフェスペースに座りストローでホットコーヒーを飲んでいた。
コーヒーのいい匂いが店内に立ち込める。
帰り際に、死神は
「私はさっきみたいに店内を掃除して美味いコーヒーを飲む為にこうしてコンビニを綺麗にして回っているんだ。また来るよ」
「......あぁ、そう」
今掃除の疲労でめちゃくちゃ眠いし頭が働かないので死んだ目であぁ、そうしか言えなかった。
退勤時に、休憩室から出てきた店長にめちゃくちゃ褒められて、給料まで上げてもらった。
明るい窓の外に空を横切るカラスを見て、コーヒーを飲みながら死期を適当に五年早められないよう明日から少し身なりに気をつけようと思った。
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