第25話

朱音さんがお店にきて、15分ほど。

何度かお店に来ていたこともあり、陳列のランダム性に耐性があるのか、悩むような素振りも見せず、朱音さんは本棚に並んだ本をいくつか手に取っては、パラパラと中を確認して、また本棚に戻していた。


それを美月はレジのところから眺めている。

気にしないようにと思うのだが、目は朱音さんの動向を追ってしまう。


しばらくすると、3冊の本を持った朱音さんがレジの方へとやってくる。


ありきたりなレジでのやりとりをして、美月は朱音さんが持ってきた本を一冊一冊確認をしつつ、金額を打ち込んでいく。

確認は、古本を扱っているため、劣化などで読むに耐えないものがたまにあったりするためだ。


古い戦記物ファンタジーの小説で、作者がすでに亡くなってしまった未完の作品の第1巻。

古い民俗学の小噺をまとめたもの。

そして、絵画の歴史を編纂したもの。

それが朱音さんが持ってきた3冊だった。


(絵画…)

きっとこれは、朱音さんではなく、おっちゃんのために買っていくのではないか。

そう邪推をしてしまう。


「どうしたの?」

中身を確認してレジに金額を打ち込む前に止まってしまった美月に、朱音は問いかけた。

「あ、その…。この戦記物なんですが、もう作者が亡くなってしまっていて、未完のままだったので…」

咄嗟に考えていたこととは別のことを言ってしまう。


「あらそうなの?」

朱音は戦記物ファンタジーの1巻を手に取る。

今のアニメや漫画タッチの絵ではなく、昔のファンタジー作品に多くあった線の細い劇画っぽい表紙画。

8巻まで続いているが、その後は作者の遅筆なのか、他で忙しくなったのか、それ以降続刊が発表されることがなく、未完のままとなっている。

「でもいいわ。昔、読んだことがあって、懐かしくなってしまったの」

そう言って、朱音さんはその本も会計してくれるように、と差し出した。


美月は合計金額を受け取り、本を紙袋に入れる。

本を渡してしまえば、朱音さんは帰ってしまう。

改めて、朱音さんの顔をみる。

綺麗な顔立ちは、やはりあの絵に描かれていた人と似ている。


聞いてしまえば、いいことのはずだ。


「あ、あの!」

美月は少し上ずった声を上げて、朱音さんに向き合った。

「ん?」

「おっ…北条先生とは、その、どういったご関係なんですか?」

「ご関…係?」

朱音は細い目を少し見開き、きょとんとした。

しかしすぐに何かを察したのか、すぐに表情を先ほどまでの整ったものに戻すと。

「幼なじみ……かしらね」

そう言った朱音に嘘はなかった。


(おさな…なじみ)

その言葉を、美月は心の中で反芻する。


「私は……北条先生の…生徒です」

何の対抗心なのか、美月は明らかに弱い対抗馬を繰り出すが、自分の動揺さ加減に呆れてしまう。

だからなんだ、と自分でもわからない。

「そう。彼、先生っぽくないでしょ」

疑問しかない美月の発言に、朱音は大人な対応。

微笑みながら内緒話のように彼女は言った。


「はい。いつも私たちの雑談に付き合ってくれて、先生というよりも少し歳の離れた兄のようで」

美月はそう答えている自分が恥ずかしく。

また俯いてしまう。

「義隆っぽいはね。彼ね、昔からそうだったのよ。誰とでもすぐに仲良くなって、後輩からは頼られて。ほら、見た目が年上にしかみえないでしょ」

そう言って笑う朱音さんに、

「そうですね」

とつられて笑ってしまう。

「本当に、いい先生だと思います」

だから、あの絵の人が朱音さんだと思うと、苦しくなる。


美月の表情の変化を読み取ったのか。

「でもね、幼なじみではあるけど、彼女ではないし、別が彼に憧れている人でもないの」

諭す様に言う朱音。

「たまたま子供の頃に家が近所で、家族ぐるみで付き合いがあっただけよ。それに本当に最近まで彼とは連絡もとれてなくて、偶然街で再会したのよ」

美月は商品を入れた紙袋を朱音さんに渡し、お釣りを手渡した。

「ありがとう。また来るわね」

そう言って、店を後にした朱音を、美月は見送るしかできなかった。



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