第24話

美月は月見荘に並ぶ古書の前で立ち尽くしていた。


自分の身長よりもはるかに高い本棚は、3段分の木製昇降台を使用しなければ、一番上前届かず、通路となる本棚と本棚の間は大人が体を逸らしてやっとすれ違えるほど。

その通路の一つで美月は本を抱えたまま、本棚を見上げていた。


今日一日、いやここ数日、ずっとこの調子だ。

学校の授業でも、黒板の内容をノートに書き写していたのだが、いつの間にか時間が過ぎて、内容をほとんど書き取れないまま、黒板が消されたこともある。


また、流花とも休み時間やご飯を食べている時に、ボーッとしていることが多いと指摘されたりもしていた。


今日もだが、店内にはお客はいない。

店主である弥生さんも、今日は早めに帰ってしまっていた。


手に持っていた本を本棚に戻す。

近くにあった木製の昇降台を引き寄せて、そこに腰掛けた。


調子が出ないのは、先日におっちゃんたちに出会ったからだ。

その場にいた朱音さんという女性と。


夏休みにみた絵の女性に似た女性が、おっちゃんと一緒にいたことが、どうしても脳裏にひっかかり離れない。

まるで地獄の門の上で悩み続けるダビデ像のような姿勢で、思考の闇に沈んでいた美月は、来店したお客に気づいていなかった。


「すみません」

声をかけられて美月はハッとする。

美月は通路を塞ぐように座ってしまっている。

通れなくなっているお客に気づかず座り続けていたようだ。

「あ!す、すみません!」

慌てて昇降台から降りて、お客の方に振り向くが。

「あら。君はこないだの」

そう言って微笑んだお客は、朱音さんだった。

黒いトレンチコートを羽織った朱音さんは、仕事帰りなのか、白いトートバックを持っている。

「確か、美月さんだったかしら?」

「はい…美月です」

語尾に力が入らない。

「朱音さん…」

苗字で呼ぶべきか迷ったが、相手が名前で読んでくれているのに、苗字で呼ぶのは抵抗があった。

「名前を覚えていてくれて嬉しいわ。美月さんはここで働いてるの?」

「はい。私はバイトで、今日は店長もいなくて」

「そうなのね。私もたまにここを利用させてもらってるのだけど、今までバイトの子がいるなんて知らなかったわ」

長い黒髪をかきあげる朱音さんから、ほのかに甘い柑橘系の香りがした。


「少し本を探させてもらうわね」

赤い唇が優しく動く。

切れ長の目が美月へと向けられ、まるで魅了されたように、美月は視線を逸らせなかった。

「あ、はい。まだまだ閉店時間でもないので、ご自由にどうぞ」

見つめられた視線に射止められ、固まってしまった自身を動かそうとするが、どこかぎこちない。


絶対変な子だと思われてる。

美月は恥ずかしい気持ちを抑えつつ、レジの方へと退散していった。



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