第21話
山脈から三角状に裾野が広がり、やがて海へと続く道となる。
北側に山々が峰を連ね、南側には海が広がっている。
山と海の間には平地が広がり、そんな絵に書いたような地形には古くから朝霧の街は根付いていた。
街に住む義隆にとって、この朝霧海浜公園は、出勤時に自転車で通るルートでもある。
もう2年通った道であるが、季節の移ろう時期のこの場所は、見るものを飽きさせない魅力がある。
春には、ハナミズキが桃色のアーケードを作り、夏には暑い日差しを木々の間から溢れさせ、秋には金色の絨毯が道を作る。
冬は……、寒さ厳しさを人に味合わせてくれる。そんな律儀な道。
遊歩道沿いのポイントポイントで、植えられている木々が変わり、季節ごとの味わいをこの遊歩道沿いだけで見させてくれる。そんな欲張りな道が、ここにはあった。
休日の予定はなく、浮いた話も趣味もなく、本格的な冬を迎える前に炬燵をだそうかどうか迷った挙句の散歩という、計画性の無さが前面に押し出された義隆の休日は、平日と変わらない日常の繰り返しだった。
違うのは、今はいつもの出勤時よりも少し遅い時間であることと、手にはキャンパスノートを持っているということだけだ。
3Hから2Bまでの濃さの違う鉛筆に、鉛筆を削るためのナイフを筆箱にまとめていて、上下スウェット姿という一見不審者にも見えなくはない格好で、24歳の男は遊歩道に備え付けられたベンチに座っていた。
写生をする際に切り取るのは、風景だけだ。
この公園から見える海を、季節の変わり目の時期に納めにくる。
去年の今頃は、海岸から遊歩道へと通じる岸壁の改修工事が行われていたが、今ではもう工事は完了し、真新しい岸壁にバリアフリーを考慮した通路も設置されている。
トンビが優雅に舞う空は、今にも雨が降り出しそうな空か逃げ出しそうだ。
その一つ一つを、義隆は丁寧に書き写していく。
まるで写真のように、濃さの違う鉛筆を使い分け、空を覆う雲も白波始めた海も抜き出したように正確に。
時には元気に走り回るシベリアンハスキーの躍動溢れる姿を描き、そのハスキー犬に逃げられたであろう飼い主に走り去っていった方角を教えてあげて。
過ぎ去っていく今日の出来事を、義隆はキャンパスノートに
周囲に気を配っていたからだろう。
近ずく白いコートの女の接近を義隆は見逃さなかった。
「山下か」
まるでいつかの夏の教室での出会いのように、義隆は現れた女の子の名前を呼んだ。
「……ちっ」
土手の斜面を登るために体を斜めに傾けていた彼女は、小さく舌打ちをした。
「こんにちわー」
美月は、笑顔を作り、義隆に向かって挨拶をした。
休日に生徒と教師が公園で偶然に会った。
お互いに約束したわけでもなく、互いの生活ルーティーンが合って遭遇したわけでない。
美月は、昼からの用事の前の散策、義隆は趣味の絵をたまたま描いていただけ。
「はい、こんにちわ……ってさっき一瞬舌打ちしなかったか?」
義隆も笑顔で挨拶を返すが、美月の素行に気になることがあって指摘した。
「まさか。私がそんなことするわけないじゃないですか」
美月は貼り付けたような笑顔のまま、義隆の方へと向かってくる。
美月の貼り付けたような笑顔は崩れていない。
実際、美月は少し不満があった。
遊歩道で義隆を見つけた際、義隆に気づかれないように近づこうと思っていたのだが、義隆はすぐに美月の接近に気付いてしまったからだ。
夏休みのように、義隆はこちらに気づくと絵を描くのをやめてしまう、そう思って気づかれないようにしようとしていたのに。
しかし、その懸念は杞憂に終わる。
義隆は、美月が近づいても絵をしまおうとはしなかったのだ。
「何描いてるんですか?」
絵を覗き込む美月の髪が揺れる。
義隆の膝の上にあるキャンパスノートを覗き込む。
先ほど美月が写真に収めようとしていた空と海が、キャンパスノートには描かれていた。
濃さの違う鉛筆を使い分け、明暗の差を出して描かれるそれは、とても綺麗だった。
「相変わらず上手いですね」
美月は義隆の隣に腰掛ける。
その気になれば4人は並んで座れる長椅子。
隣同士に並ぶが0.5人分の空間を空けて、美月は義隆の方をみた。
「よく描いてるからな」
義隆は夏のように、絵を描いてることを隠そうとはしない。
相変わらずキャラに合わないということは変わりないのだが。
不意のつむじ風。
まるで冷気の塊のような通り風が吹き抜ける。
美月は飛ばされそうになったニット帽を、義隆は転がった鉛筆を、それぞれ咄嗟に抑える。
「あっ!」
義隆が鉛筆を抑える時に、膝の上に置いていたキャンパスノートが変わりに、二人の間に落ちた。
咄嗟に美月の方が先に手を伸ばす。
開かれたキャンパスノート。
手にとったキャンパスノートは先ほど覗いた空と海が描かれている。
ページでいうと、かなり後半の方であり、キャンパスノート事態はそれだけで40ページほどはありそうなので、この絵の他にまだまだ絵は描かれていそうだった。
一瞬。本当に一瞬。
美月の中の天使と悪魔が現れて、他のページをみるかみないか主張をし始めたが、悪魔が一瞬でその討論を制圧してしまった。
美月は自身の好奇心という名の興味の欲望に負け、手にとったキャンパスノートのページをめくった。
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