第20話
雨が降りそうな時は、空気がいつもと違う。
美月は黒く淀み始めている曇り空を見上げた。
湿った空気が鼻につき、少し癖っ毛のある髪は、まるでバネのような形状記憶性を発揮し、緩やかな曲線を描き始める。
秋はさらに深まり、朝霧海浜公園の木々は緑は落とし始めている。
芝生には夏の柔らかさはなく、どこか肌触りが刺々しい。
海岸沿いの遊歩道からは、合計10機ある風力発電機がそびえ立ち、少し離れてみれば海を見据えて羽を回すその姿に感動し、近くで見上げればその壮大さに驚きを感じてしまうほど。
美月は学園から一駅手前にある公園の遊歩道を歩いていた。
市立朝霧海浜公園。
私立清風学園のある街、朝霧市にある市が管理する海浜公園。
海岸沿いに煉瓦敷の遊歩道があり、舗装されたサイクリングロードが併設され、サッカー場が4つは入る敷地を囲っている大きな公園。
敷地の内側には、芝生と森林と遊具のある公園で、木々が浜風を防ぎ、内側に行けばいくほど、冷たい風は収まり、過ごしやすい環境。
遊歩道とサイクリングロードでは、ウォーキングにジョギング、ツーリングで汗を流す人もいて、公園の中には3箇所にロッカールームとシャワー室が完備されていて、有酸素運動であればジムに通うよりも、自然の中で走れるここを利用する人が多い。
すれ違う小学生ぐらいの男子2人組は、トレーナーに長ズボン姿で、雨が降りそうだと言って駆け出した。
対して美月は白いコートに黒の革製の手袋にニット帽という真冬のような装い。
天気予報では冷え込みが予想される、というお天気お姉さんの言葉を信じた格好なのだが、必要だったのは突然の雨に対処できる折り畳み傘だったようだ。
子供たちの姿は、もう遥か彼方。
通り過ぎる自転車も、雨の気配を察したのか、心なしか速度が早い気がする。
美月は革手袋の人差し指を噛むと、勢いよく手を引っこ抜く。
彼女の様相からは想像もつかないような行儀の悪さだが、幸いにも彼女のことをみている人はいない。
木枯らしが吹く河川敷の風は冷たく、革手袋という防護を失った素肌は、一瞬にして赤くなり寒さに震えた。
美月はコートのポケットを弄り、スマホを探す。
彼女は女性にしてはめずらしくあまり鞄は持ち歩かない。
世の中便利になったもので、スマホがあれば、買い物から公共交通機関の乗降車、友人・知人への連絡、行きたい場所までの道案内も可能となっている。
なので、彼女はよほどの遠出でもない限りは、スマホと自宅の鍵ぐらいしか持ち歩かなかった。
休日といっても、日常的に連絡をとっている友人は、美月には数えるほどしかいない。
案の定、新着のメッセージは、流花からだった。
(朝からテンション高いな)
流花からのメッセージをみると、自然と表情が綻ぶ。
まだ時刻は朝の10時前。しかも休日のだ。
健全な人であれば、まだ夢の中にいるか、覚めてしまった夢の世界にもう一度飛び込もうとしているはず。
少なくとも、今日ではない別の休日の美月であれば、もう一度惰眠を貪ろうとベッドに飛び込んでいただろう。
流花からのメッセージは、誤字脱字のオンパレードの長文に、続けて送られてきた写真には自撮りをしようとしたのか、インカメラとアウトカメラを間違えた天井だけが映っている写真が送られてきていた。
名探偵もびっくりな難読な物なのだが、美月はそれを一瞥して読むのをやめている。
流花がこれを送ってきた背景がわかってしまったからだ。
今日は午後から流花と街のスイーツ店に行く約束をしている。
甘い物に目がない流花は、一昨日の夕ご飯を一緒に食べた後からずっと、あそこのチーズケーキは、フルーツタルトは、とまるでスタッフが自社商品を褒めちぎるように熱弁していた。
今し方起きた流花は、寝ぼけながら午後からの約束を忘れないように、メッセージを送ってきたのだろう。
『ちゃんと起きてるよ。二度寝したらダメだよ』
と、短い文章に、散歩している遊歩道から見える風力発電機の写真を撮って送ろうと、スマホでアングルをきる。
遠くに見える風力発電の縦列があり、雨具を着込んだ犬の散歩をしているおばさんに、自転車を漕ぐロードバイカーの先には、秋の海が広がっている。
切り抜きとしてはありきたりの構図でシャッターを切ろうとした時。
少し先のベンチに見慣れた姿を見つけた。
「おっちゃん?」
遊歩道の道中に一定の間隔で置かれている木製のベンチに屋根がある休憩スペース。
キャンパスノートを持った義隆が、海を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます