第19話

窓を開けると、夜の内に冷えた空気が部屋の中へと入ってくる。

海が近いのもあるのか、美月の住む女子寮は冬になると冷え込みが激しいのは、去年の冬に経験済み。

まだ本格的な冬を迎えていないのに、朝の冷え込みには身震いをしてしまう。

空気の入れ替えという苦行に耐えて、美月は給湯ポットでお湯を沸かす。


玄関の扉にかけられたカレンダーをみると10月に差し掛かっていて、カレンダーの絵も紅葉であり、まだ本格的な冬にはほど遠い。

(今年は去年よりも寒いのかな)

なんて、まだ見ぬ冬に不安を抱いていた。


今日は日曜日。

バイトも学校もお休みの日だが、午後から流花との約束がある。

時刻はまだ7時を少し回ったばかり。

平日であれば寝坊で、休日であれば早過ぎる時刻に、美月は9時に設定していた目覚ましが起こす前に目が覚めてしまった。


美月は眠りが浅いわけでもなく、ショートスリーパーでも朝方人間でもない。

どちらかというと、布団の中には許される時間のギリギリまで潜っていたく、布団とは結婚をしてもいいとさえ思っている。

きっと父も布団であれば、娘を暖かく包み込んでくれるだろうと送り出してくれるはずだ。


程なくして、急騰ポットの水が沸騰した。

白のマグカップに、市販の紅茶のティーパックを垂らし、お湯を注ぐ。

甘い香りに徐々に暖かくなるマグカップが、美月の手を温めてくれる。


デスクに置いてあるノートPCを立ち上げ、ニュースサイト動画の視聴ボタンを押した。

日曜日だというのに誠実に働く男性キャスターと女性キャスターが、昨日から今朝にかけてのニュースを読み上げている。


美月はデスクに腰掛けることはなく、そのまま先ほど開けたベランダへと向かった。

ベランダには、洗濯物を干したりできる小さなスペースがある。

部屋着の上下グレーのスウェット姿のままに素足のサンダルという装備で、美月は冷え込みを残す外界へと身を乗り出した。


電線には今ではあまりみかけなくなった雀が数羽留まっている。

寒さに震えているのか、体をよりそうようにしてひっついていて離れない。

少し丘を登った先にある女子寮で、ベランダから右側をみれば、路面電車の駅がみえた。


まだ日曜日の早朝ということもあり、街全体は微睡の中。

電線に留まっている雀さえ、実は眠っているのかもしれない。

道を歩く人も、車もなく、冷たい風だけが、美月の貧弱な装備に攻撃を加えてきていた。


少しだけ気になることがある。

確かめようがないことなのだが、見間違いだと思う気持ちと、彼を見たと認識している脳が相反する。

一瞬だけ見えただけなのだが、その瞬間の光景が目に焼き付いてしまっていた。

美月は気になり始めると、ずっとそのことを考えてしまう性質たちだ。

引きずる自分が嫌いだった。


(……やだなぁ)

美月の呟きは、虚空に消えた。


ピコン‼︎

スマホの着信音。


メッセージを受信した知らせに、美月はスウェットのポケットをあさる。

朝に時刻を確認した後、そのままポケットにしまったままだった。

白のスマホを取り出すと、画面には新着メッセージの受信を知らせるアイコン。


流花からかと思いすぐに開くが、相手は違った。

「おはよう、美月。正月には戻るから」

彩もない簡潔なメッセージ。

父からだった。

相変わらずの簡潔さに、美月の頬が緩む。


流しっぱなしのニュースサイトから、今日の天気予報が聞こえてきた。

少しボリュームが大きいのか、ベランダにいてもよく聞こえる。

今の時期に窓を開放して眠っている隣人もいないだろうが、流石に朝から近所迷惑だ。

美月は返信もそのままに、ベランダから部屋に戻り、PCの前へ。


「今日は一段と冷え込みが予想され、暖かい格好を」

お天気キャスターがそんなことを言っていたのを聞いて、PCを閉じた。




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