第18話
夜になると少し肌寒さを感じる。
もう陽は落ちて久しく、街には夜の帳が降りていた。
行きは辛く長い登り坂だが、帰りは軽快に進む下り坂。
まだ吐き出される息に白さはない。
橙色の街灯に照らされた銀杏並木は、流花と美月を映し出す。
夏に比べればもう涼しく、長袖に変わった制服の上に学校指定のジャージを着て、吹き上げてくる風に立ち向かいながら、2人は進む。
ここは住宅街の中にある小さな商店街とでも言えばいいのか、道の左右には小洒落た店が並んでいる。
個人経営の花屋に弥生さん御用達のコーヒー専門店。
その隣にはアクアリウム専門店があり、歩道に面したウィンドウから、いくつものアクアリウムが並んでいて、擬似日光のLEDライトが小さな
美月は自宅にも一つ欲しいとずっと思っているのだが、アクアリウムはそれなりの金額がする。サイズが小さければお安くできるが、せっかく買うのなら、それなりの
流花はさらに二つ隣のロードバイク専門店に釘付けだ。店の中まで入ると購入衝動に駆られて暴走してしまうので、決して中には入らない。店頭の大きな窓から見える店内の様子に目を輝かせている。
フレームだけで数十万からするものが並ぶ店で、流花が購入できるものなんてたかが知れている。いつか、250ccバイクが買えるぐらいの散財をして、フルカスタムの時分専用のロードバイクを手に入れたい、と流花は思っていた。
2人のウィンドウショッピングならぬ鑑賞は、しばらくの間続いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
駅前の繁華街はもう20時をとうに過ぎているというのに、まるで昼間のような人混みだ。
学生に社会人、果ては繁華街でプードルを散歩させている奇抜な格好のお姉さんまで、多様な人々がまだまだ眠らない街を行き交っている。
「どこかご飯でも食べて行こうよ」
流花の提案に、今は独り身である美月はすぐに同意可能だが。
「いいけど、家でご飯あるんじゃないの?」
当然の疑問を口にする。
「大丈夫。今日、両親遅くなるから適当にご飯食べといてって連絡来てたから」
流花のご両親は公務員の共働きだ。
国家権力を行使する機関に属していて、社内恋愛によるゴールインを経たと、この間聞いたことがある。
ただ、所属課が違うこともあり、たまに当直の日が被ったり、緊急動員がかかったりと、家を留守にすることや帰りが遅くなることが多い。
「ならいいけど。私、あったかいモノが食べたいな」
「いいね!満点うどんに行こう!」
満点うどんとは、うどん専門の全国に展開するチェーン店だ。
うどんの種類も多く、トッピングの種類も豊富で、何より安くて早いのが2人のお気に入りだ。
今日は大盛りにして海老天も乗せちゃおうかな、とまだ見ぬうどんを求めて流花の歩調が心なしかスキップになっている。
少し早まったペースに、美月は小走りで合わせるが、視界の端によく見る男の姿を見た気がした。
片側二車線。
美月たちとは反対側の歩道を歩く人影。
「どしたの?」
流花が、立ち止まり振り返ったまま動かない美月を覗き込む。
「なんかおっちゃんっぽい人がいた」
それも隣に知らない人。
黒いコートを着たおっちゃんの隣に、並ぶ様にあるく赤いコートの女性。
人混みの中で、その二人だけが一瞬視界に入り、認識したのだ。
まるであのランダムに置かれた書籍の山から、読みたいと思った本が目に止まる様に。
もう人混みに紛れたのか、手近なお店に入ったのか、そのおっちゃんっぽい人たちを見つけられない。
「まじで!もしかして見回りかな」
昔の不良ドラマよろしく、生徒指導教員が夜の繁華街などに出歩く生徒たちを指導している。そんなドラマをみたことはあるが、今のご時世にそこまで熱意のある教師がいるのだろうか。
仮にそうだとしても、それをおっちゃんが行うとは考えにくい。
生徒指導員でもないまだ歴の浅い教師に、そんな大任を任せたりしないだろう。
だがそうであれば、あの赤いコートの女性は、清風学園の教師の一人になるはずだ。
それならそれで一緒に歩いていることも納得できる。
でもそれは、希望であって、現実的にはありえそうになかった。
「違うんじゃないかな。まだ21時前だし」
この時間帯であれば、学習塾の帰りやバイトの帰りなどで、普通に出歩いている生徒は多い。
まぁバイトに関しては学校に届け出をして、許可証を発行してもらう必要があるのだが、それを忠実に実行している生徒は数えるほどだ。
美月の古本屋でのバイトも実のところこの届け出はしていないので、もし本当に見回りだった場合は、その場で理由をでっち上げる必要がある。
「まぁそれもそうね。早く行こ!帰りが遅くなっちゃう」
手を引く流花に引っ張られ、美月も駆け足になる。
流花の家の門限は22時。
それを忠実に守ろうとしている流花は、本当に良い子だ、と思う自分に、美月は笑ってしまった。
ただ、どうしても先ほどの一瞬の光景が頭から離れない。
流花に手を引かれながら、美月の視線は先ほどおっちゃんっぽい人をみたところに向けられていた。
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