第12話

 日本史の小テストを終えてすぐ、清風学園は昼休みの時間に入った。

 クラスメイトたちは、思い思いのグループを作り、家から持参した色とりどりの弁当を囲む者、お目当てのパンがなくなることを危惧して、チャイムと同時に教室から飛び出していく男子生徒←まぁ主に野球部所属の人が多い気がするのだが、これは私の偏見だろう。


 先ほどまでの小テストでの静寂とは真逆の楽しい喧騒が教室を包み込む。


「あぁあああああ!!!」

 鼻歌混じりに美月の席までやってきた流花が、自身のカバンの中を覗き込んで悲鳴をあげる。

 一瞬、クラスが静まりかえり、教室中の視線が流花と、流花の前に座る美月へと向けられる。


 美月も突然悲鳴を上げた流花に驚くが、続く言葉が容易に想像できて、心配よりも先に呆れが先行する。

 とりあえず。

「どうしたの?」

 もう答えはわかっているが、周囲の視線もあり、聞かずにはいられない。

 カバンの中から視線を戻した流花は、絶望的な表情のまま。

「お弁当……家に忘れてきちゃった」

 親の顔よりもみたことある展開に、やっぱりね、と思ってしまう。

 クラスメイトたちも、流花の発言を聞くや否や、一瞬で興味をなくして各々世界に戻っていった。


 美月のお昼を分けてあげたいが、生憎とそれはできそうにもない。

 菓子パンが一つにリンゴジュースだけ。

 それが美月の昼食の全てだったからだ。


 菓子パンはコッペパンの中にいちごジャムが入った簡素なもの。

 それを半分にすることはできるが、流石にその量では2人のお腹を満たし、午後の授業を乗り越えるには心許ない。


 なにより、流花は放課後に陸上部の練習がある。

 菓子パン一つを丸々食べたところで、圧倒的な消費カロリーには遠く及ばない。

 穴の開いて水が溢れ出したコップに、スポイトで水を足したような様なものだろう。


「はっ!購買!!」

 流花はバッと教壇側の壁にかけられた時計に目をやる。

 まだ昼休みが始まって3分も経っていない。

 今から走れば、購買の先頭で購入することはできないが、まだそれなりに残っている何かしらの食べ物を買うことはできる。


 流花はカバンから財布だけ取り出すと、カバンを美月に手渡して。

「ごめん、ちょっと購買行ってくる!お昼は…今日はあそこで!」

 そう言って、陸上部で鍛えた脚力をいかんなく発揮し、教室から飛び出していった。


 その後、しばらくまるで台風のようにやってきては去っていた流花の置き土産かばんを眺め、とりあえず自身の机の横に吊るすと、美月も菓子パンとリンゴジュールを持って、教室を後にした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 美月は昼休みに手作りのお弁当を持って、友人もしくは異性と共に、屋上で食べるシチュエーションに憧れて高校生となったが、そんな理想は夢のまた夢の世界でのみ行われることだ、と入学早々に気づかされる。


 まず大前提として美月には彼氏はいない。憧れの異性という者も、非常に残念ではあるが存在していないし、そういう気軽に行動を共にするような異性の友人も、高校2年生になったにも関わらずできたことがない。

 自身の魅力が足りないのか、どうも異性に縁がない星の下に生まれてしまったようだ。

 さらにいうと、屋上というものの多くは勝手な侵入を防ぐために施錠されているのが常だ。

 美月も入学して早々に、屋上に通じる階段を意気揚々と登っていったのだが、バリケードのように積み上げられた机に、鎖と南京錠で施錠された扉をみて断念した。


『屋上に行ったところで、見えるのなんて山と海じゃん』

 そう身も蓋もない発言をした流花は、屋上というシチュエーションに憧れはなく、代わりにどこかの空き教室を溜まり場にする夢を持っていた。


『屋上よりも使える教室を探そう』

 そう言った流花と一緒に、学校の空き教室を調べ始めたのが、流花との最初の共同作業だった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 美月は東棟4階にある古い音楽準備室の扉に手をかける。

 少し立て付けが悪いのか、スライド式の扉はつっかかりを感じつつも、問題なく開く。鍵が壊れているのか、扉の鍵は機能していない。

 そのためか、この部屋はもう音楽準備室としては使用されておらず、傷んだ吹奏楽部の楽器であったり、楽譜台といった直されるのを待っている機材が置かれている。


 美月は学校に来る途中にコンビニで購入した菓子パンとリンゴジュースを持ってこの場所にやってきたのは、ここが流花と探した[使える空き教室]だからだ。

 昼休みに学校の喧騒から逃れ、たまにこの場所で流花と2人でご飯を食べる。

 そんな場所がここだった。


 流花は購買での争奪戦に突撃していったため、まだ来てはいない。

 それほど時間が経たずにやってくるだろうが、1人でいるのには寂しい場所だ。


 空き教室といっても、吹奏楽部がたまに出入りしていることもあり、放置された部屋特有のカビっぽさはない。

 流花と美月がこの部屋を見つけ、使えるとわかった時に、かなり念入りに掃除をしたこともあり、埃っぽさもなかった。


 片隅にひっそりと置かれた学校用のオルガン。

 ファとレの音が出ないそれは、修理されることも忘れられて、ひっそりと眠っている。

 人差し指で、白い鍵盤部分を叩くが、音が鳴ることない。

 壊れたレの部分を叩いたためでもあるが、そもそも電源の入っていない学校用のオルガンで、音が鳴ることはないのだ。


 美月は改めて学校用オルガンの前に椅子を持ってきて座り直した。

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