第11話

 夏が終わり、街は秋の色を帯始める。

 夏の色が海のような青であるならば、秋の色は燃える炎の赤だろう。

 海岸から少し内陸に行ったところに連なる山々は紅葉に染まり、生まれ変わる準備のため最後の炎を燃やしている。


 清風学園も例に漏れず、校舎内で育った木々は紅葉の木が多い。

 校舎へと続く坂道には桜の木々があり、校舎の中では紅葉の木々と分けられている。


 門出の路には桜を。


 慣れ親しんだ場所では紅葉を。


 清風学園で青春を謳歌する生徒たちのために彩られた景色だ。



 美月のクラスは相変わらずの平和そのもの。

 SNSでバズった動画を真似て投稿した話で盛り上がり、最近の部活動の不安や悩みを愚痴ったり、昼休みにデリバリーでピザを頼んで教師に連れて行かれたりなど。

 話題に事欠かない日常が繰り広げられていた。


 美月は、ため息をこぼしてシャーペンを転がした。

 コロコロと机の上を転がるシャーペンは、コンビニで買うような簡易的な物ではなく、夏休みに文房具店をいくつか周り選りすぐった一品だ。

 まるで万年筆のような見た目だが、その素材は古の樹木を用いている。

 自然文化遺産として管理されている島に自生している樹齢千年の杉の木の倒木を利用したもの。


 希少性はあるのだが、学生が手が出せないほどではない。

 最新の家庭用ゲーム機や、ヘッドフォンなどの方が遥かに高いくらいだ。

 まぁそうは言っても、週にいく日か働く学生バイトの収入にはお高いもので、吟味に吟味を重ねたものだ。


 今は、昼休み前の日本史の時間。

 清風学園では、中間と期末のテスト以外に、それぞれの手前の時期に小テストが実施される。

 各授業中に行われる小テストは、生徒たちの理解度を図る目的で実施されていているが、赤点をとっても補修があるわけではない。


 日本史の問題は、年号と事象と人物名の穴埋め問題。20分ほどの時間を設けて、20問にも満たない問題が羅列されたテスト用紙が配られる。

 真面目に取り組む生徒と、半ば投げやりに取り組む生徒の二極化された教室は、シャーペンと消しゴムの音だけが聞こえる空間となっていた。


 美月はどちらかと言うと、前者の方に当てはまる。

 決して頭がいいというわけではないが、日々の復習は欠かさない真面目な生徒。

 復習といっても、自宅で勉強机に座り教科書と睨めっこしていることはなく、授業終わりの休み時間に、自分が理解しきれていない箇所を見直す程度のもの。

 そのため、真面目ではあるが成績に直結しない。

 彼女自身自宅にまで仕事勉強を持ち帰りたくないタイプで、夏休みの直前まで家には教科書の類を持ち込まない徹底ぶりだった。


 ペンを転がして時間を持て余しているのは、5分ほどの時間を残して、穴埋め問題を全て終えてしまったからだ。

 これほど早くにテストを終えてれたのは、テスト直前に見直していた箇所が、たまたまそのままの形で出題されたためだ。


(毎日これだったらどんなに楽か)

 たまたま大穴を当てたギャンブラーよろしく、美月は内心勝ち誇った気持ちでほくそ笑みそうになる頬を抑えていた。


 顔を上げると、教室の中で唯一立っている人が目に入る。

 北条義隆。

 いつものスーツを着た彼も時間を持て余しているのか、窓の外を眺めていた。

 不正を行う生徒がいないか監視する必要があるのだが、生徒を信頼しているのか、はたまた義隆本人の怠惰が露呈したのか、心ここにあらずといったようにみえた。


 窓の外を見る義隆の横顔は、どこかで見たことがあった。

 普段の豪快に笑う義隆とは違う、頬を引き締めまっすぐと前を見据える瞳。


(あぁ、あの顔だ)

 美月は、夏休み初日にみた光景を思い出した。


 校舎の3階。

 今では使われなくなった教室で、絵を描いていた人。

 他を寄せ付けない一人の世界を作り上げていたおっちゃんの表情を、思い出したのだ。

 まっすぐ虚空を見つめる瞳には、何が映っているのか。

 自然と、義隆の視線の先を、美月は目で追っていた。


 開け放たれた窓の外には、ただただ青い空が広がっている。

 遠くに飛行機雲が見えるが、日常の風景と変わりない。


 きっと彼の視線の先には、あの青い空ではなく、あの時に描いていた世界が見えているのだろう。


(馬鹿みたい)

 物思いにふける義隆の心を想像した自分を、美月は笑った。


 義隆が絵を描いているところを見たと言っても一度だけ。

 夏休みの間、何かと理由をつけて学校に来ては義隆を探し、探職員室で書類仕事に追われている義隆には何度も会ったが、絵を描いているところを見ることはなかった。


 美月は転がしていたシャーペンを手に取る。

 軽く上部をノックして芯を少しだけだすと、テスト用紙の名前欄の脇にシャーペンを走らせた。

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