第10話

「で、本当のところはどういうわけよ?」

 流花はテイクアウトした焼きそばを片手に、店先に設置されている長椅子に腰掛けた。


 ここは、清風学園から少し歩いたところに古くからある駄菓子屋。

 昔ながらの古い木造の建物に、所狭しと駄菓子とおもちゃが並んでいる。

 最近コンビニでよくみるスピードクジほどのクオリティではないが、100円でおもちゃかお菓子の詰め合わせが当たるクジもある。

 300円もあれば、飲み物から食べ物まで全てが揃う場所だ。

 現に、今流花が持っている焼きそばは250円。1食分にしては少ないが、小腹を満たすには充分なサイズ。

 これに50円のラムネを加えれば、立派な買い食いだ。


 自転車通学と路面電車通学の流花と美月では、一緒に帰るのは難しい。

 街に出る用事がある場合は、目標地点の街で待ち合わせにするが、そうでもない時は、この駄菓子屋が彼女たちのカフェだった。


「どういうわけとは、どういうわけ?」

 美月は150円で購入したタコセンを頬張っている。

 タコセンとは、エビ煎餅にたこ焼きをいくつか載せてサンドした食べ物だ。

 西の方では屋台の食べ物として主力だが、こちらではあまり見かけない。

「ひきこもりの美月が、ちょくちょく学校にきていた訳よ」

 女子の一口としては大きすぎる一口で、流花は青のりと鰹節が踊る焼きそばを口に放り込む。

「それは流花に会いに来てたからじゃない」

「あら嬉しい」

 まるで役者か、という口調で流花は言うが、その声音は同意している感じがしない。

「でも、それだけじゃないでしょ」

 流花の表情が、いやらしく変わる。

 遊び道具を見つけた純粋無垢な子供……いや、獲物となるカエルを見つけたヘビのようだ。


「だってわざわざ学校に迎えに来なくても、待ち合わせ場所に時間通りに来ればいいだけの話だし」

 これはまずい。

 流花の口調は、まるで尋問官よろしく事実から導き出される疑問点から、自分の想像した答えを自白させようとする感じだ。

 話題を変えないと、根掘り葉掘り追求されてしまう。

「それよりここのタコセン大きくなってない?なんかエビセンのサイズが変わったような」

「サイズは変わってないわ。変わったのは美月よ」

 この流花ヘビは、美月カエルを逃すつもりはないらしい。


「で、どこの男よ」

 焼きそばを食べ終えた流花は、発砲スチロールの皿をぽいとゴミ箱へ見事な放物線を描いて投げ入れる。

 風の流れも容器の形状も考慮したのか、見事にゴミ箱へと吸い込まれていく。

「男なんていないよ」

「いやこれは男だね。わたしゃー知ってるんだよ。女は男で変わるんだ」

 どこの誰を真似ているのかわからないが、まるで昭和のスナックにいそうなキャラが流花に突然憑依した。


「なんでそうなるのよ」

 美月は少し呆れ気味に答えると、まだ半分以上残っているタマセンにかぶりついた。

「きっとあの日ね。夏休みの最初の日…」

 流花の確信に迫る発言は、美月の心を動揺させた。

 タコセンを噛む力を加減することができず、無残にもたこ焼きがエビ煎餅の両側からこぼれ落ち、美月のスカートの上に落着した。

 たこ焼きソースが絡み付いたたこ焼きは、スカートにもその香ばしいソースの力を遺憾無く発揮する。

 服にシミができる理由のベスト5に入る事象が起こったのだが、美月の思考はそれを気にしていない。


(なんで知ってるの?私何か言ったっけ?てか、このコロコロ変わるキャラ設定なに?)

 流花の読みの深さと、見えないキャラ作りが、美月から冷静さを失わせる。

 かぶりついたまま固まった美月の代わりに、流花がスカートに落ちたたこ焼きを、持ち歩いているウェットティッシュで綺麗に拭き取ってくれていた。

「高校に入ってからの付き合いだけど、美月のことはなんでも知りたいって思ってるよ…」

 どこか憂いを持った口調に、美月は罪悪感に襲わられる。

 といっても、別に男ができたわけでもない。

 学校にわざわざ出向いていたのは、単に運動不足を解消するため…と。

「まぁ、なにより私よりも先に男作るなんて許さないんだけどね」

 スカートを拭いていてくれた流花がパッと顔をあげると、もうそこにはいつもの流花の笑顔があった。


「どんな嫉妬よ!でも男なんていないし、そんな影もあいにくとないわ」

 遊ばれていたと気づいた美月は、プイとそっぽをむいてしまう。

「残念。しかし、せっかくの美人が不思議で仕方ないわ」

 ケラケラと笑いながら、流花はラムネ瓶に口をつける。

「私で遊ばないでよ」

 少し不満そうに言う美月に、流花はごめんごめんと笑っていた。


 美月はそんな流花を横目に、残り一つしかいないたこ焼きが乗ったタコセンを口に放り込む。

 夏休みの間、流花に会いに学校に行っていたのは嘘ではない。


 ただ、義隆がまた絵を描いていることを期待していたことは、言っていないが。

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