第3話
校舎は、4階建てで、中央棟と東棟があり、西側には体育館とプールが併設されている。
中央棟の一階に生徒用の下駄箱があり、3学年各10クラス分の下駄箱が並んでいる。
中央棟の入り口に立つと、普段と違う校舎の雰囲気に思わず立ち止まってしまった。
グランドでは相変わらず部活動の声は聞こえていて、どこかの教室からは吹奏楽部の練習している音楽も聞こえてくる。
しかし、それらの日常の音が、どこか遠くに感じるような。
いつもと違うように感じた。
見上げると、この校舎の屋上には、大きな時計がある。
時刻はまだ14時前だ。
中央棟の3階。左から2番目の教室の窓が空いている。
白いカーテンが風に靡き、大きく膨らんで窓の外へと出ていた。
(誰かいる?)
窓の閉め忘れか、誰かその教室にいるのか。
唯一開いたその窓が気になりはしたが、とりあえず当初の目的を達成することにした。
校舎中央棟の正面入り口は、関門びらきのガラス戸だけで、4つもある大きな入り口だ。
部活動に精を出す生徒のため、当直の教師や用務員の人が、毎朝正門と一緒に鍵を開けてくれている。
向かって一番右端、一年生の下駄箱が並ぶ入り口が、今日は開いている扉だった
校舎の中は、夏特有の熱気が充満している。
廊下の窓もいくつか開け放たれているが、校舎全体の熱気を取り去るには足りていない。
一気に湿度も気温も上がった空間に、美月は少しためらいながらも足を踏み入れた。
「あっつい…」
シャツの胸元をパタパタと仰ぐようにして、少しでも風の流れを作る。
思わず悪態が漏れるが、その声を聞いている者は誰もいない。
校舎の中は、静寂そのもの。
先ほどまで騒がしく聞こえていた運動部の声も、吹奏楽部の音楽もどこか遠く、まるで電話越しに聞こえてくるノイズのような不明瞭さだった。
「ここに長居は無用ね」
美月は学校にきた理由の用事を済ませるために、2年生の下駄箱の列へと向かう。
夏休み前の最終登校日の放課後、美月は自分の行動を思い出す。
ちょうど下駄箱の真ん中あたりの扉側。
下駄箱の上の少し奥側に、時計を置いたのだ。
下駄箱の高さは、美月の身長よりも少し高い程度。
手を伸ばせばなんなく上段にも手が届き、下駄箱の上も問題なく手が届く。
目で確認することはできないが、手の感触を頼りに少し探ると、すぐにお目当ての感触に出会った。
「あったあった」
美月は満足そうにその感触のものを掴み、下駄箱の上という忘れられていた場所から、腕時計を救出する。
「げっ」
手にした時計をみて、美月は明らかに不快に顔を歪めた。
当たり前の話なのだが、下駄箱の上というところは、人の目にはつかない。
それは隠しものをするにはいいのかもしれないが、裏返すと放置された場所ということだ。
美月は自身の手についた埃と、腕時計についた大きな埃を丁寧に払い落とす。
掃除がされていない場所に置いた美月自身が悪いので、この怒りは理不尽極まりないが、もし過去に帰れるのなら、下駄箱の上に考えもなし置いた自分に文句を言いたい気分だ。
表面に埃がついているだけで、すぐに綺麗にはなり、腕時計をいつもの左手に装着する。
この3日間、ネジを回さなかったこともあり、腕時計はその活動を止めていた。
時計盤の右側にある突起を回すと、時の刻み方を忘れてしまった時計が、まるでブリキの兵隊さんのようにゆっくりと動き始めた。
スマホを取り出して、現在の時刻を確認する。
14時10分。
時計の針を回して、腕時計の時刻もそれ合わせると、今日の用事が終わってしまった。
まだ連絡がないこともあり、流花の部活は続きそうだ。
部活動もしていない生徒にとって、休日の学校には所在がない。
中央棟と東棟をつなぐ渡り廊下の自販機スペースで、ジュースでも買って時間を潰そうかとも思ったが、クーラーもないので、その場に止まるには適していない。
少し思案を巡らして、唯一開いていた中央棟の教室へと向かってみることにした。
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