葬送のレクイエム(外伝)──褐色の天使と無垢な悪魔

深月(みづき)

プロローグ──決戦前夜(前編)

 まるで神様が作った最高傑作のような少女だった。


 清楚なワンピースの背中に流れる、プラチナブロンドの髪。透き通るようにつぶらな黄玉色トパースの瞳。十歳の子どもらしい無邪気な微笑み。

 天上から舞い降りた天使のようだと、誰もが彼女を褒めたたえた。

 でも、私は彼女をひと目見て──


 ──…………気持ち悪い、と思ったんだ。



  ☆☆



 酒場バーのカウンターで、ロックグラスの氷がカラリと溶け崩れた。

 琥珀こはく色をした酒の水面に、フードを目深に被った褐色の肌の女が映っている──見慣れた、自分自身の姿。


 エマはここ数日、クロードと別行動をとって、ひとりで酒場を訪れていた──カルドラの商人ギルドに出入りしている、足枷あしかせ付きの少女のことを調べるためだ。


 酔いの回った頭がぼーっとして心地いい。宵の口にふさわしいなごやかな音楽が流れていた。


 亡者がはびこるようになって久しく、閉鎖的な町の暮らしに飽きて少しでも刺激的な話を求め酒場に出入りするのは、商人も庶民も変わらない。



「それでよぉ、そのいい子がアスターって剣士を捜してるんだ。金髪で青い目をしてるんだけど、知らねぇか?」


「さぁ……」



 その金髪で青い目の剣士なら、今頃、クロードと行動をともにしている。けれど、エマにはそのことを言うつもりはなかった。


 エマの隣でジョッキをカラにした町の商人は、酔った様子でしきりに目をしばたたかせている。



「そのメルちゃんっていうのが奴隷でつらい境遇だったのにけなげでさぁ、天使みたいなんだよ。純真無垢でさぁ。わかるかぁ?」


「ええ、まぁ。でも、そういうのって大抵、猫被りだったりしますよね。悲惨な境遇でも根性ひん曲がんないって、ちょっとできすぎてるわよね……」


「なんだよぉ。俺らのメルちゃんのことを知ったふうに」


「昔、似たような子がいたから。まわりから『天使みたいだ』って言われてた子」



 エマの唇に、ほのかな笑みが浮かんだ。


 ──エマ姉様、と呼ぶ声が聞こえた気がした。

 エマより四つ年下の、かわいい「妹」……もうじき逢える。そのことを想うだけで、エマの心はせつない幸福に包まれる。


 どんなに血塗られた道でもかまわない。

 ノワール王国が滅んだあの日に亡くしたものを取り戻すのだ──クロードとともに。


 喉を焼くアルコールの味を感じながら、エマの心は遠い日に戻っていく。


 足枷付きの女の子と同じ年頃だった、少女の頃の自分に。

 ノワール王国の首都──セントバース大聖堂で学んでいた在りし日の記憶に。

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