第26話 勝利の先には

 




 カースがツキヤの方にいるだと?


 おかしい。

 シークスが破られたということか?

 いや、んな訳ない。

 あいつのしぶとさなら、もっといいとこまで戦えるはずだ。


 現時点の俺がジガイとの戦闘でここまでやれている。

 ジガイより弱いカースに俺より強いシークスがあっさりと負けるわけがない。




「おいおいどうしたソードよ。急に手を止めおって。これじゃあ、たのしめんだろう。俺は手をゆるめんぞ。」




 ツキヤの一言に気を取られ、ジガイの攻撃に反応しきれず無理やり受けたせいで武器が衝撃に耐えきれず壊れてしまう。

 壊れようとする中でもミシミシと音をたててコンマ数秒を稼いでくれたおかげで、反撃のため氷を放つことができた。

 掠めたのか、奴の左耳が少し凍る。




「先ほどからその氷を使っているが、炎魔はどうした?貴様の素晴らしき炎、今一度見てみたいものだが。」



「使わねえよ。今はまだ。」

 


「ほう?なら、使わざるを得ない状況まで追い込めば良い話だなあ!」




 ジガイは俺に向けて勢いよく炎を放つ。

 炎魔の中から、突っ込んでくる獅子の耳は先ほど霜焼けになっていたのが嘘のように元の黒色に戻っていた。


青炎せいえんの輪を潜る瞬間、耳の近くで散った雫が俺の前から姿を消した。

 視界を遮られての攻撃だったが俺は片手で捌きカウンターを狙う。

 どうやらジガイも読んでいたようで、腹筋に力をいれていた。


 カウンターが読まれていては意味をなさない。威力が半減してしまう。

 だからこそ、地に足がついている俺だからこそできる二連撃の攻撃。


 油断しているからこそ通る!

 俺は殴った腹から手を引き、すぐに足元からジガイの腹に氷柱を突き立てる。

 ジガイは予想外の二発目にギラギラと喜ぶように笑ったため、歯と歯の隙間から血を吹き出した。

 クルリと体を後ろに引き上げ、回転して体制を整える。




「それよか、いつカースは自身の分身さえも使えるようになったんだ?」



「そうか、お前はまだ知らんのだったな。割とつい最近の話だ。もうそろそろ、お前を超えるんじゃねえのかね。」



「俺ぐらいもうとっくに超えてら。」



「俺はお前ではなく、かつての話をしている。孤高の黄虎おうこであった貴様のことを言っているんだ。」



「そいつはもう存在しねえよ。」



「いいや、いるね。最初にも言ったがお前はまだその癖を直せちゃいない。完全な別人になることなんかできやしねえのさ。」



「それらしいこと言ってんじゃねえよ。」




 癖?そんなのまだあったか?

 俺の知る限りのものは全て直したははずだが。

 俺の知らない、、自覚していないもの。

 さすがはジガイだな。よく見てやがる。




「なあ、ソード。俺とお前の仲だ。制限する必要もなかろう。俺はこんなダラダラとした戦いは好かん。それをお前はしっているだろう。構えろ、始めるぞ。」




 ジガイが大斧を捨て、こちらに向けて半身になり獲物をとえらえるような目で見つめてくる。

 それに答えるように、俺も姿を獣人に戻し喉元に視点を固定する。



 お互いに見つめ合う。

 静まり返った戦場。緊張で高まっていく鼓動。互いに動き出すことを牽制し、鋭く光る眼光。

 何がきっかけになるかわからない。


 そして2人の緊張が最高潮に達した時、同時に力強く地面を踏み切った。


 ぶつかり合う炎と氷。

 蒸発して発生した大量の水蒸気は姿を隠す煙幕と化した。

 楽しそうに笑みを絶やさぬ獅子と、きつそうに歯を食いしばる白虎。

 その相反する2人の力は辺りを吹き飛ばした。

 



「いいぞ!いいぞ!ソード!もっとだ、もっと火力をあげよ!お前の炎を見せてくれ!」




 ジガイが一気に距離を詰め、近接戦闘となってしまった。

 せっかくの身を隠すための煙幕が台無しだ。

 対抗しようといくら武器を作っても、ジガイの能力によって取り上げられていく。


 近距離で上から炎魔がはなたれる。

 すぐにかがんで炎に触れない角度に体を持っていった。

 念を入れてかがんだ際に触れた地面から氷壁を築く。

 しかしそれもむなしく氷壁は炎に熱されすぐに溶けた。


 薄くなった氷壁をぶち破り、ジガイの土手っ腹に食い込んだ右手。

 炎魔を避けるために体制の低くなった俺を蹴り上げるはジガイの右足。




「ん”っ。」




 少し距離をとり、今度は手で氷塊を作りジガイに放つ。

 だがジガイは氷を無視してこっちに突撃してきた。

 どれだけ攻撃しても、どれだけ反撃しても依然としてこちらが劣勢。

 このままだと本当に負けてしまう。




「ソードよ!早く本気を出さなければ死んでしまうぞ!早く使え!」




 打っても捌かれ、撃っても躱され。

 当たったとしてもまるで効いてる様子がない。いやになる。


 炎を使えば、踊狂化きょうぼうかをすれば状況は少しはマシになるかもしれない。

 奴が炎を使わせようとするのは罠なんかじゃない。

 あいつはそういうのを嫌うタチだ。

 だから使えるものは使うべきなんだろうけど、恐らく、使ってしまったら歯止めがきかなくなる。

 シークス達だって無事なわけがないんだ。

 黒猫との戦闘後、疲弊しきった状況でまともに動ける奴が一人も残ってないんじゃ無茶が過ぎる。

 後の事を考えるなら、ここで力を温存しておくことが最善だ。




「やはりここらが限界か。」




 先ほどまで興奮状態で殴り合っていたジガイがポツリと呟いた。




「ここまでやって、炎を使わぬとは。もうよい。」




 俺の心臓目掛けて突き出された獅子の爪。

 


「残念だソード。俺はお前を買っていたというのに。」



 次の瞬間には全身の力が抜け、膝から崩れ落ちていた。

 ジガイの言葉が頭の中ををするすると抜けてゆく。




「本当に残念だよ」







                         ◉







 パソコンが壊されてから突然、カースの動きが変わった。

 その動きは圧倒的なもので太刀打ちできず、今では情けなくも首を掴まれ、背中には冷たい壁の感触が伝わきていた。




「ごめんねえ。あんまり壊したくないんだけどさ、シークスが口をわる材料にはもってこいなんだよね、君。」



「シークス…………さん。ごめ……なさい……。はんだんを…あやま………り…ました…………。」




 少しでも、少しでも多く時間を稼げ。私はまだ死んではいけない。

 彼らには私が必要だと思う。過信かもしれないけれど、機械に関して何かをしてやれるのは私くらいしかいない。

 ここで死ねば、彼らも死んでしまうかもしれない。生きろ、時間を稼げ。

 呼吸を続けるんだ。首に力を入れて軌道を確保しろ。

 今できることはそうして生きながらえることだ。




「ねえ、頑張ってるみたいだけどさ。シークスはもう無理だと思うよ。体も動かせないだとろうし、何より出血がひどい。ここから俺に勝つのはおろか、逃げることもできないと思うけど。」



「あなたは………………シー……クスさん……………をなめ…すぎ………です。」



「舐めすぎねえ。ここからどうしようってんだか。」




 薄れていく意識の中、雑音が混じりながらヒーローの声が聞こえてくる。




「俺よ、ずっと勘違いしてたんだ。俺の能力は機械を操るものなんだって、でも違った。俺の真の能力、それはなあ俺がイメージできる範囲で鉄を自在に操ること。俺はよ、カース。やられたことは必ず倍にして返す男なんだよ。つまり、何が言いたいかわかるか?」




 まだ何か言っているようだけど、甲高い音に遮られもう聞こえない。

 視界がチカチカしてくる。

 近くにあるカースの顔もはっきりととらえられない。手足の先も感覚がなくなってゆく。



(マズい。落ち……)




 ピーーーーーーーーーーッ





 耳にけたたましい高音が鳴り響く。

 



「シークスさん!」




 身体中の最後の力を使って彼の名前を叫ぶ。




「借りるぞ!貴様の技を!」




 イヤカフから大きな爆発音が聞こえた。

 その瞬間分身は、結晶となり砕け散った。

 自由になったとたんにパソコンへ向かって走り急いでケースを開き操作する。

 最後のボタンを押すと同時に2人に知らせた。




「お二人とも、今すぐ転移しださい!」




 必要な荷物を抱え、転移の魔法が刻まれた魔道具で扉の前まで移動する。

 移動先にはシークスさんが先に到着していた。




「よくやったな!ツキヤ。今回はお前のお手柄だったぞ。すっかり助けられてしまったな。信頼してくれて助かった。」



「いえ、こちらこそ。あのときシークスさんがカースを倒してくれたから今私は生きています。それにしても、分身の話ではあなたはもう戦う力を残していなかったそうですが、どうやって勝ったんですか?」



「ああ、それな。カースに撃たれた後、反省を生かしてカースのことをよく観察しながらたたってたんだ。一瞬でも目を離したせいで、先に傷を負わされてしまったからな。やつの動きをじっくり観察しながら戦ってたら、カースは拳銃を胸ポケットにしまったのさ。でも正確な位置はわからなかったから操るのに苦労したぜ。鉄を操るってことはよ、鉄を通して俺の魔力は伝ってくってことだろう?それを利用すれば奴の胸元の拳銃に炎魔を着火させるなんてことは、朝飯前だったってわけだ。一発本番だったがな。うまくいってよかったわ!あ、そうだ。今本部が攻め込まれてるらしい。時間稼ぎみたいだが先を急いだほうが良さそうだ。優勢らしいから心配いらぬと思うが。」




 ボロボロになりながらでもあいかわずの笑い方。

 ことは終わった。後は扉をくぐるだけ。

 なのに、なんだか胸騒ぎがする。




「そういえば、ソードさんは?」



「確かにあいつ、まだ来ていないな。遅くないか?」




 イヤカフで通信を試みるも砂嵐の音しか聞こえない。

 心配になり何度も彼の名前を呼ぶ。

 それでも応答がない。


 焦っていると音が途切れ、嫌な声が聞こえ始める。




「やあやあ、こんなもので連携をとていたとは。悪いが君たちの正義のヒーローはもう死んだぞ?」




 その言葉は私を絶望の淵に立たせた。

 シークスさんはもう戦闘不能。彼は笑ってこそいたがもう歩くのですらしんどい状態だろう。

 応答のなかったイヤカフからはジガイの声、しかもそれはソードの死を報告するもの。

 嘘とは考えられない。それならソードさんは・・・・・・。


 蒼白になっていく私とは裏腹に、目が据わった笑顔でシークスさんはまっすぐ前を向く。




「いいか、考えずともわかるだろうがお前たちは完全に詰んでる。黒猫に対しよく頑張った。その検討を讃え直に、」




 感情がぐちゃぐちゃになり呼吸が荒ぶるツキヤと、がたのきた身体で限界のシークス。

 その双方の最後の戦意に、ジガイはたった一言でとどめを刺した。




「この首を届けよう。」





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