第24話 分身
車をある程度の距離で乗り捨て、目的地まで走って向かう。
近すぎると余計目立つからだ。
重たいアタッシュケースを腕に下げ薄いノートパソコンを小脇に抱える。
薄暗い廊下の中、自分の五感とスマホが表示する位置情報だけが頼り。
取り壊し予定でひとけのないビルだからか、自分の足音や荒い呼吸さえもよく響いてはっきりと聞こえる。
装着しているイヤカフはずっと沈黙を保ったまま。
2人は無事だろうか、うまくやれているだろうか。
そんなことを考えながら走っていると目的地に到着する。
今は、彼らの心配よりも自分の役割が最優先だ。
閉ざされた鉄の小窓をバールで無理やりこじ開ける。
そこには、扉のセキュリティーシステムにつながる配線や基盤が多くあった。
これが私の目標。
アタッシュケースとパソコンを開き、壁に取り付けられている基盤に配線をつなぎハックを開始する。
「俺だ、シークスだ。無事目標を引きつけることに成功。これより戦闘に入る。」
シークスさんからの報告を受け、作業と並行して2人の位置情報をディスプレイに表示し確認する。
結構離れてるみたい、ここからも距離がある。いい位置どりをしてくれたわ。
反響するタイピング音に混じって何か音が聞こえる。
私は、膝をつき黙ってパソコンに向かっているのに、だ。
2人の位置情報はさっき見たところからあまり動いていない。
イヤカフを奪われ黒猫がそこに常駐している、もしくは落としたという可能性があるけれどそれは限りなく低い。
先ほどのシークスさんからの連絡からさほど時間も経っていない。それに足音のリズムからして、相手は歩いていると考えられる。
もしイヤカフで連絡が取れなくなりこちらに来るのであれば普通急ぐはず。
歩いているのは尚のことおかしいのだ。
ゆっくりと近づいてきている人の気配を警戒しながらもギリギリまで作業を進める。
NOW LOADING ……
プログラムの解析が完了し、ロード中の画面に入ったらケース内の機械に機能を移行し、急いでアタッシュケースを閉じる。
「さっすがダイヤさん。あいつらの目的は本当に逃走だったわけだ。これは、組合にも仕掛けて正解だったな。って、あれ?女の子じゃん。しかもかわいいし。えー、傷つけたくないんだけど。」
左目の傷を確認し、一気に後ろに下がった。
なぜここにカースがいる?シークスさんが破られたとか。それとも引きつけに失敗?
「シークスさん、話と違いますっ。どうしてここにカースがいるんですかっ!」
「何を言ってる。こっちじゃ確かにカースと戦ってるぞ。あっぶな。」
よかった。生きてはいる。
でも、あっちでも戦っているんなら、ここに居る男は一体誰なのか。
「あなたは誰です?それに、仕掛けたってどう言うことですか。」
「お、猛アタックだね。積極的な子は嫌いじゃないよ。」
「真面目に答えて。」
「真面目ねえ。体制からして君も抵抗する意思はあるんでしょ。なら、戦いながらでいいじゃない。最も、俺が答え終わるまで耐えれるか知らないけどね。」
そう言い、こちらに向かって駆け出す。
飛び道具の気配はなく、慌てて懐から木製の短棒を取り出した。
もしものために組合で鍛えていた甲斐があった。
相手は素手。武器を持っている自分にリーチ差でも攻撃力でも劣るはずがない。
これなら、時間稼ぎくらいはーーー、、、
「っっっっっ…」
耳元で爪が空を切る音がした。
「あれ、避けた。そんな動きづらそうな服でよく躱せたね。さすがはシーさんのお連れだ。」
あっぶない。危うく死ぬところだった。
咄嗟に避けることはできたが、これは格が違う。
黒猫ってこんなのばっかなの?これじゃ、1分も持たないかも。
流石に2人が心配になる。
「もう一度聞く。あなたは、誰。」
「ありゃ、聞いてないか。シーさんも酷なことするね。いいよ、今の避けれたご褒美ね。俺はカース、嫉妬のカース。黒猫の1人さ。君は?」
嫉妬って。クラウンじゃないの?まさか、誤情報?
それにさっきからシーさんって。
だめだ、わからないことが多すぎる。
これは今までの情報を当てにして考えちゃいけないわね。
「さて。そろそろ良いかな。このペースじゃ日がくれちゃうからね。あ、もう暮れてるか。じゃ、さっさと続きをしようか。」
次々に繰り出される攻撃に対し、私は必死に躱すことしかできない。
受け止める気は微塵も起きなかった。
さっきの攻撃は早いだけでなく、おそらく相当重い。
もし受ければ、衝撃でその部位が壊れてしまう。
躱しているだけで今生きていられるのは攻撃が単調なおかげだ。
正直勝ち目なんて初めからない。
今、最優先にすべきはダウンロードが終わるまでの時間稼ぎと現在の状況の把握。
情報を整理しなくては。
まずはシーという人物について。
私たち三人の中で名前がかすっているのはシークスさんだけれど、おそらく違う。向こうにとっての狙いは、ソードさん。
彼に対して私とカースさんたちは共通意識を持っている。
それは、ビンザルス内部、それもかなり深いところまでの情報を持っているということ。
そして、私たち三人の中でビンザルスの情報を持っているのは彼しかいない。
それを敵も分かってる。
つまり、私が情報を得られるにはソードさんからだけ。
と、なればシーさんとはソードさんの事なんだろう。
それよりも今一番不可解なのは、なぜ私とシークスさんの元にカースがいるのかだ。
正直これは皆目見当もつかない。
無駄に考えて脳の疲労を溜めるより、ここは率直に聞いてみるか。
「さっきは聞き方が悪かったですね。話によれば、カースさんはシークスさんのところにいるそうですが?」
「シークス。ああ、さっきの犬っころか。うんとね、簡単に言えば俺の本体があっちにいるよ。俺は分身。多分今戦ってると思う。」
「ソードさんから聞くに、あなたは自身の分身は生成できないそうですが。」
「あー。そゆことね。
やっぱり、シーさんとはソードさんの事。
確信を持てたのはラッキーだけど、問題はそこじゃない。
今私が目の前にしている
分身系の能力や魔法、呪術では自分と同程度のものは作り出すことができたとしても、分身が本体の能力を上回ることは絶対にありえない。
分身というのは簡単にいえば超高クオリティなコピー。
本物を上回れば、それはコピーではなくなる。
ここにいるのはきっと本体よりレベルが低い。
同格のコピーを作り出せるなら、こっちに本体が来るはず。
あっちの言い草からして私たちの作戦の本命が逃走ということはバレているみたいだ。
それなら機械系に強い私を分身より確実な本体がとらえに来るはず。
なのにそれをしないってことは、私よりシークスさんの方が強いことを見抜いていて、シークスさんを倒す確率の高い本体が相手をしているってこと。
それは、私くらいなら本体が殺らずとも、分身程度で十分だと思ったからよね。
正直、大正解。
分身相手でもかなりきついわ。
左からのストレートを手で払い、右のわきの下に通す。
そのまま相手が思いもよらぬ方向に力が逃がされ、前のめりに体制が崩れているところを右手の短棒で思いっきり殴る。
鈍い音が響くと同時に、わたしもも一気に距離をとった。
「いった。女の子なのに結構効くね。初めて見せたじゃん、反撃。さっきまでは余裕なさそうだったのに。」
「あなたが疲れてきたんじゃないですか。」
違う。カースは別に疲れてなんかいない。
というか遊ばれてる。
今反撃できたのは、彼の速さに目が慣れ体がついてくるようになったから。
でも、これでいい。
慣れるまで捌ききって慣れたら反撃し一気に距離をとる。
いける。決定打は打てないものの、時間は十二分に稼げる。
「かわいいうえに気も強いとか最高じゃん。そそるねぇ。泣かせたい。」
「悪いけど、わざわざ敵に見せる涙は持ち合わせてないの。」
「はっはっは、ホントにいいよ君。名前は?教えてくれたらご褒美上げる。」
「ご褒美なんていらないけれど、冥途の土産に教えてあげる。私はツキヤ。敬愛するソード・ラグルス・ヴィレジットとシークス・シルキナ・サインの娘です。」
「ツキヤちゃん、ねぇ。ねえ、もしかしたら僕に昔あったことある。」
「は?あなたのような方の記憶、ひとかけらもございませんが。ナンパなら結構です。」
「ふーん。気のせいか。ま、いいや。とりあえず答えてくれたご褒美。こっからはちゃんと戦ってあげる。」
その瞬間、カースの纏う雰囲気が変わった。
「分身と言えね、分身だって魔力を使って作るんだから魔力が巡ってるんだよ。俺が何が言いたいかわかるかい。」
ゆっくりと諭すように問いかけてきた。
先ほどまでと違う構えを取る。
さっきまでは、右手を低く構えた左半身主軸の構え。打撃中心で組み手でもよくあるものだ。
でも、今回は重心を深く下げ上半身を少し前に倒した中段構え。
そして、その目線はわたしの喉元に釘付けだ。
相手を一撃で仕留める時の空気だ。
最初の一瞬が命取りになる。
「
次の瞬間に繰り出された炎のパンチに反応できたものの、防御に使った短棒は容易くおられ、すぐに繰り出されたもう一発もすれすれで躱すことしかできなかった。
「すごーい!避けた!これ避けれる奴、結構少ないんだよ。でも気を付けてね。そんだけ裾が長い服だと俺の炎ならすぐ燃えちゃうよ?」
頬から一筋血が流れ出した。
先ほど避けた時に負ったのか。スレスレとはいえ避けていたのにこの殺傷力。
寒気がした。
直接当たっていなくても、火傷しそうなほどに高い温度。そして一撃の速さ、重み。
近くにいるだけでも冗談にならない。
まだ、ダウンロードは終わっていない。完了したら通知が鳴る。
早く終われ。
そう思うほどの時間はゆっくりと流れ視線は機材の方に向く。
それに気づいたのか、カースが機材の方へ歩み寄った。
「もしかしてこれが重要な感じ?お、すっげ。なんかいろいろ表示されてる。」
「やめっーーー」
取り返すために思いっきり走り出したけれど、もう到着しているカースの間に合わないことは一目瞭然だった。
私の行動を一瞥だけし、カースはその炎をまとった拳を振り下ろした。
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