第23話 対峙

 



「なら、この区域でやるといい。取り壊し予定地だから辺りをめちゃくちゃにしてくれても構わん。」



 組長がそう言ってくれたはいいけど、この取り壊し区域ってそもそも貴族だったり、大臣だったりのお偉いさん方を迎えるための、高級ホテル建設予定地でもあるのだ。

 そして、そういった方々は、あの扉を特別に利用できるらしい。


 つまり何が言いたいかというと、戦場になる場所と扉がものすごく近いところにあるのだ。

 戦場としては最適だが、別にここである必要はない。転移ポータルと言う魔道具も、店長さんからもらえたしな。

 もしかしたら撒けるかもだが、バレたら勝率はぐっと下がる。

 手配しちゃってるし文句をいうのが遅いんだけど、追われた時の対処法を考えて置く必要がある。


 話すタイミング今しかなさそうだな。もう数十分もすれば戦いが始まる。

 移動している今に話すしかない。



「すまんがは少し話を聞いてー、、、」



 何事か。

 俺が切り出そうとした時にまるでタイミングをみはからったように車体が大きく揺れ、車の天井は大きく凹んだ。


 間一髪といったところで、凹み部分が頭に当たることは避けられた。が、頭上が不自然に熱い。

 気になって見上げてみると、天井の中心から白く光が広がるように赤やオレンジといった色が、じわじわと侵食していた。


 熱されている、わかった瞬間俺もシークスも同タイミングで外に急いで出た。

 閑静な住宅街の中で青色の炎を纏う長髪で筋骨隆々の男と、真っ赤な炎が歯の隙間から漏れ出ている左目に大きな傷のある男が立っていた。

 左の傷……。まさかカースと来ているとは。仲は悪いと思っていたんだが。勘がはずれたか。



「おい!お前バカなの、なんで体ごと突っ込むんだよ。お前じゃないんだから、こんな鉄の塊めがけと飛んだら体壊れちゃうわ!ほんと嫌い。お前のそういう雑さ加減ほんっと嫌い!」


「思ったとおりだ。やはりいたかソードよ!」


「話聞け!」



 はずれちゃいないみたい。

 ダイヤさんにでも言われたんだろうな。相方不在の今、黒猫を使うには誰か代用が必要になる。

 どうしてもジガイである必要があったんだろう。だから嫌々駄々をこねるカースを選んだわけだ。

 なんでカースなのかは知らないけど。


 というか作戦通り誘導するにお互いを別々のところに釘付けにしなきゃなとか思ってたんだが、どうやらその必要もないらしい。

 ジガイは俺にしか気がまわらないようだし、あとはシークスが上手く動いてくれればいい。

 てか、早く退けないとオープンカーになってしまう。



「おいおい?先でもそうだったが、この俺をシカトとはいい度胸しとるのぉ、ワレ?」


「は?あんた誰よ。俺らはソードに用があるの。お前みたいな犬っころに時間は避けないの。ほら、行った行った。」



 シークスを軽くあしらい、嫌そうにしっしっと手を振る。

 カースはシークスを格下だと判断したのか、それ以降は目を合わせることもなかった。

 大抵のやつは、そんな態度をされたら頭に来て、感情的になり、合理性に欠ける行動をする。


 だが、シークスは違う。

 確かに、煽られるとすぐにイラっとするのは良くないが、それでもその感情をあいつは理性という鎖でがんじがらめにして押し殺せる。

 普段はそんな必要がないからこそ俺たちはよく喧嘩をするが、それは普段のストレスを発散するための行為でもある。

 溜め込んで溜め込んでってしていると、肝心な時に制御が効かなくなって困るといけないからだ。

 だから、今のシークスは多少苛立っているものの、煽り返せるだけの余裕がある。


 こちらにとっては有利な人選だ。カースは、煽り耐性は高いが売られたケンカは必ず買う。



「ほー。そんなこと言っていいのかね。目的のためとはいえ、本当は俺と戦いたくないだけなんじゃねえの?そっか、だから今までずっと俺たちと対峙する機会がなかったのか。負けて、組織としての自分の経歴に傷をつけたくないもんね。その左目の傷のように。」



 まずい、まだシークスに話してなかった。カースは左目の傷に触れると、必ずキレる。

 普通、どんなやつも怒ると攻撃は苛烈になるが、その分動きは単調になり逆に戦いやすくなる。が、カースは黒猫。

 そんな普通の話が通用するような相手じゃない。

 キレれば最後、一発一発の火力は跳ね上がり手に負えなくなる。


 獣人の炎魔の通常温度は、600〜800度だと言ったが、それは炎の質が原因じゃない。器の問題だ。

 もし仮に、100度ちかい空間にいたとして、5分程度耐え抜くことができるか?

 可能だよな。その温度を楽しむためのものがサウナだ。


 では10倍の、1000度なんてどうだろう?

 大抵の人間は無理だと思う。それは、その暑さに耐えうるだけの器として造られていないから。


 要するに、そういうことだ。

 ある程度の温度までは体は持つが、一線を越えればその身を焼くことになる。

 そう、彼の左目は感情の昂りによって火力が跳ね上がった炎魔により、自分で負った火傷だ。

 彼はそんな自分の過去を恥じているため、シークスの煽り方は相当癪に触る。

 よって、計画通り惹きつけることには成功したが、強い力を引き出してしまったのもまた事実。

 これは、無事では帰れんな。



「生き残るためになんでも喰らうような雑食のお前は、想像通りおつむも足りてねぇようだな。生物としてのプライドなんて存在しないもんなぁ。牙を捨てた飼い犬如きが相手できるような俺じゃねえぞ。でしゃばるな、失せろ。」


「プライドくらいあるわ。ゴミ箱を漁ることしかできない野良ねこは、他人の温もりというものをご存じないんでしょうねえ。あれ?考えたら、飼い犬の方が十分裕福で幸せな日常を過ごしてませんか?お前の住む無法地帯よりよっぽど安全で美味い飯も安定して食えるんでね。」



 その瞬間、カースは堪忍袋の尾が切れたのかすごいスピードでシークスに殴りにいった。

 しかしシークスも止めて当然とでも言わんばかりに、能力を使用し壁を築いた。

 そして、後方へと一気に走り出す。うまく死角を作り出したのだ。

 

 を狩るようにカースはシークスを追う。これでうまいこと、カースと距離を取れた。

  近くにいられると、戦闘中にスイッチができてしまう。黒猫じゃそんなの当たり前の行為だ。彼らの洗練されたコンビネーションは脅威となる。少しでも作戦の成功率を上げるため2人を離すというのはやはり正解だったようだ。



「ふむ、先に始められてしまったな。」


 車からすとんと飛び降り、その足元に炎を散らす。

 

「貴様と戦うのは久しぶりだな。今回は、あの頃のようにはいかんぞ。これは、殺し合いだ。」


 ずっと奴らは、生捕りを目的にしていたのにな。

 もしジガイ俺に少なからず思うところがあるなら、本当に殺されかねない。

 ジガイの言葉とか、行動はいつも強気だし雑だ。だけど、こいつは任された仕事はきっちりとこなす男だ。


 正直、生きていられるかも微妙だ。

 殺される前提で動くべきだけど、何をしてくるかわかない以上最悪の状態を想定しながら戦うべきだとは思う。

 とはいえ、こいつはいつも突拍子のないことをしてくる。

 本当に何をしてくるかわからない。野生動物のようなものだ。

 そいういの、戦いずらいから嫌いなんだよな。



「昔話なんて柄じゃなだろ。やるんだろ。早くやろう。」



 炎とともに、切り掛かってくるジガイ。

 攻撃が重い。

 すかさずゼンさんから貰った武器を取り出し、間一髪で受けた。


 さすがは身体能力だけで勝ち上がってきた男だ。

 正直今までの誰よりも攻撃が重く、素早い。

 あいにく、筋肉は少ないもんでな、というか体の使い方が下手なんだろう。力じゃ押し負ける。


 額数センチほどの距離で話しかける。

 高揚しているジガイの意識を反らせれば、隙が生まれ距離を取ることができるかもしれない。



「ひとつ聞きたい事がある。お前の行動源はなんだ。」



 ピクッと眉を動かし、一気に距離をとるジガイ。

 警戒されたか?



「お前本当にわからんか?久しぶりの再会だというのに悲しいことを言うなあ。」


「何を言うかと思えば。お前の知っているソードはもう居ない。人違いだ。」


「よく言うよ。まだあの頃の癖すら直せていない。結局お前は、昔のまんまだよ。俺たちと同じだ。その背負いきれない業は、死ぬまで付き纏うと言うのに。疑問だな。それを俺たちよりも理解しているのに、なぜそう現実から逃げ続ける。」


「先に俺の質問に答えるべきだろ。余計なことを口にするな。」


「饒舌になったな。ま、そんなことはどうでもいいだろ。今は、この祭りを楽しもうや。」



 振り被される大きな斧は俺の作り出す氷を簡単に砕き壊す。

 こちらに辿り着くまでの時間稼ぎに作った氷壁は、反対に視界を遮り自分の首を締めていく。

 これではまともに攻撃を捌けない。

 自ら氷壁を破り近接戦闘を試みる。

 

 にしても、さすがは最強。なかなか間合いに潜り込めない。

 運良く入れたとしても、超近距離さえも容易に対応される。

 それに体力も俺よりはあるだろう。

 時間はなかなか稼げんかもしれん。


 武器がぶつかるたびに、衝撃からか火花が散る。

 白熱した戦いに見えても実際には俺はジガイの攻撃を捌ききるのに手一杯だ。



「おいおい、どーしたよ。お前こんなに弱くないだろ。なぜ力を発揮しない。それに、武器エモノもそんなじゃなかったろ。弱者に毒されおって。」


「うるさい、気のせいだ。それに、本気出したら殺しちゃうだろうが。」


「言うねえ。」




 ただでさえ重かった攻撃が、挑発に乗って段々と速く、重くなっていく。

 一気に振りかぶられた斧に危険を感じ、後方へ一気に下がる。

 気づいたら、息切れをおこしていた。

 ジガイの猛攻を延々と受け続けるのは難しいな。


 どうしたものかと考えていると、イヤカフに砂嵐の音とツキヤの声が流れる。

 どうやら相当焦っているみたいだ。俺と同じくツキヤも呼吸が乱れている。

 一体何事なのか。



「シークスさん、話と違いますっ。どうしてここにカースがいるんですかっ!」



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