第22話 黒猫

「とはいえ、作戦を立てようにも地形と相手の能力の把握できてないと相手に対する有効な策なんて考えつかないので、とりあえずビンザルスについての情報が知りたいですね。」


「わかった。今話せることは全て話そう。第一にビンザルスは上下関係が絶対の組織だ。仕組みとしては単純。組織全体は『ゴールド』という男が支配している。そいつがビンザルスのトップだ。とはいえ、組織の規模があまりにもデカすぎる。1人じゃ指揮しきれない。だから、最高幹部として4人の獣人を従えている。最高幹部は全員、祖先が猫科であり見た目の黒さから黒猫という異名がつくようになった。

 黒猫の中で最も戦闘力の高い男がさっき俺らを追ってきた獅子、強欲のジガイだ。あいつの能力は不正イカサマ。発動条件まではわからないが、発動したら相手の武器と自分の武器を瞬時に入れ替える。慣れない武器と入れ替えても最大限に活かせないことがほとんどだから能力自体は決して強くはないが、それを活かせるだけの戦闘センスと身体能力の高さで最強と言われるようになった。

 ビンザルスが戦闘において最も警戒している相手は、紛れもなく俺。その連れが、最強を倒したと誇示したならば、奴らにプレッシャーをかけることができるし、作戦において使用率の高い駒である黒猫の半分が欠けたとなれば、脅威となるダイヤさんの策もある程度読みながら行動することができる。」



 でもそれは、さっきも言ったがあくまでシークスがジガイを倒せた場合の話だ。そううまくことが運ばないことを俺は知っている。それに、現実問題相性が悪ければ、単純な戦闘においても大きな差がある。勝率があまりにも低いのだ。シークスには悪いが事実は変えようがない。この一瞬で、力の差を埋めることはできない。だからせめて、俺たちが勝つためにできることは、戦う相手を変えること。



「悪いが、シークス。ジガイとは相性が悪すぎる。お前の能力は周囲のものを利用した他対象のものだ。ジガイも同じく他対象だが、相手の武器を取り上げる行為。周辺を更地にされたら一貫の終わり。シークスの使える武器がなくなってしまう。だから、シークスにはもう1人の黒猫を相手してもらう。」


「もう1人か。そいつはわかるのか。」


「申し訳ないが姿を確認できていない以上、誰かはわからない。ただ、確率は二分の一だ。どちらにせよ、お前とは相性がいい。1人は、嫉妬のカース。彼の能力は、分身コピー。自分以外のものの複製を作れる。よくある制限は、生物は複製ができないという話。だが、あいつ話が違う。原理を理解していれば、魔力が足りれば生成が可能。とはいえ、オリジナルの術や能力、魔法や妖術はコピーできないため、身体を作ることのみ依存するみたいだ。クオリティが高ければ高いほど、生成するものが大きければ大きいほど魔力の消費が激しい。もう1人は、傲慢のストルフ。あいつは正直誰とでも相性が悪い。簡単に言えば、相手にデバフをかける。今まで通りのパフォーマンスができなくなるのさ。どんな方法でも、どんな対象でもかけることができるのが一番恐ろしいところだ。身体能力でも、俺らの持つ異能でも、思考力でもな。これも、どんな方法でかけるのか、発動条件が何かも不明の状態だ。でも、お前なら動きづらくなっても戦えるだろう?」



 そう、シークスなら戦い方はいくらでもある。

 俺の戦い方は無条件発動の能力で捕縛してからの攻撃か、ネコ科特有の体の柔軟さで桁外れな戦い方をすること。ストルフのデバフで、能力に発動条件をつけられたりでもしたら勝ち目はない。

 それに、ストルフもネコ科だ。俺の持ち味である柔軟さも兼ね備えている。

 故に、俺との相性も最悪。だから消去法でシークスしかいないのだ。



「フン、当たり前だ。勝てるに決まっておろう。というか、そんなことはどうでもいいのだ。なぜ、二分の一なのだ?黒猫は4人いるんだろう?ジガイは確定だとしても、三分の一ではないのか。」


「それが、今は不在なんだと思う。黒猫は基本2人1組で行動する。それで戦力は十分補えるし、それ以上いると同時任務や、部下の稽古などその他諸々の仕事をこなせない。最後の男は、いたならば俺らは即死だったよ。そいつは、能力は一切使わず、炎魔だけで乗り越え出世した。つまり、中近距離に強い男なのさ。だから、今さっき通った道で、ジガイと俺らの距離くらいなら、容易に燃やせる。追加で、そんじょそこらの獣人とは炎の温度が桁違いだ。一般の獣人なら500から高くて800度。けれど、やつの炎は3000度を超える。そんな男がもし仮に、ここに来ているとしたら、この部屋の鉄の扉も溶かされる。なのに、奴らはそれをしてこない。これは、そいつがここに来ていないことを示している。だから安心していい。」


「ほう、なるほどな。まあでも、いたとしてもソードは戦えんな。氷と炎じゃ相性が悪すぎる。」



 眉間に皺を寄せて、口を大きく開けながらグッハッハと豪快に笑っているが、相変わらずの頭だな。俺は水も使えるんだが。まあいい。奴が来ることはないだろう。

 これで敵の情報開示も済んだ。あとは、地の利とひとの権力を生かして、戦いながら逃げるしかなさそうだけど。



「組長にお願いがあります。シークスはともかく俺はツキヤを守りながら戦って勝てる自信がありません。なので、隙を見て獣国に逃げたいのです。ですが、逃げ切ってもも奴らの追跡がやむはずが無い。だから、この前のように応援を送ってください。国境付近においてくれればきっと逃げ切れるでしょう。」



 組長がコクリと頷き、手配するために助手を呼ぼうとする。



「待って。それはやめた方がいいかと思います。」



 そこでツキヤが割って入った。珍しい、ツキヤが人を遮るとは。

 基本、何か終わるまで待ってから、動くんだけどな。時間がないことでツキヤも焦っているのだろう。



「考えてみてください。そんなにすごい策士が、簡単に獣国に返してくれるとお思いで?軍事力もある組織なんですから、当然国境近くに応援部隊がいることも考慮済みでしょう。ソードさんを見つけたら生捕りという命があったとしても、彼らに連絡手段がないはずありませんから、きっと応援部隊に対しても何か手を打ってきます。そうなったら、被害は私たちだけでなく下手したら組合のヒーロー達や民間人に死傷者を出しかねません。逃げ道ならきっと他にもあるはずです。ですから他の手も考えましょう。」



 そうだよ。ツキヤの言っている通りだ。

 黒猫の二人組だけならともかく、ダイヤさんが動かない理由がない。2人に本部との連絡手段がない方がおかしいのだ。俺らの狙いが、俺らごときの考えがダイヤさんにわからないはずがない。

 逃げ一択なら、今は獣国しかない。そうなれば俺らの保護に組合が動くと簡単に予想がつく。

 確かに、危険だ。犠牲者が無駄に増えてしまう。


 とはいえ、逃げ場が他にない。これ以上人国に留まれば、今度は人獣間の関係にさらなるヒビが入り、下手したら戦争なんてこともありうる。

 完全に人国が悪いとは言い切れない以上、魔国も龍国も前のように手伝ってくれるかどうか怪しい。

 どうしたものか…。あの2人に勝つには戦力が足りなすぎる。



「ならば、龍国しかないな。魔国は当てにならんし、安全でもない。」


「ですが、龍国に行くには獣国か魔国を経由しなければ行けなくないですか?」


「普通ならな。」


「ほう。あの扉を使う気ですかな。やめといたほうがいいんでは?あの扉は、人獣間だけでなく他の国とも関係を悪くするだろう。一般の使用は世界的に禁じられている。」


「へー、シークスが知ってるとは意外だな。案ずるな、龍国もビンザルスのことよく思っていないし、魔国と違って龍王は話が通じるお方だ、連絡すれば目を瞑ってくれる。魔国はその辺興味ないし問題ない。それに、お前らならなお大丈夫だと思うぞ。」



 組長の言っていることはよくわからなかったが、人柄のことを言ってくれているのだろう。

 まあ、忠誠の国という二つ名がつくくらいだ。

 金や権力に溺れるような貴族はいないだろう。むしろしっかりした人が多いんではなかろうか。



「で、その扉というのはなんなの?」


「ああ。少し地理の話になるがな、まずこの世界は球体なんだよ。その球体を四つに高い壁で区切り国を形成してる。上の方、つまり街や生物が住んでいるところの壁は高いし、いくら上に行っても四カ国による強力な4重の結界が貼られているため転移魔法も効かない。逆に下の方に行くにあたって、気温は下がり危険度もます。下の方じゃ国境を越えることは難しいため、壁が低い。建設もそれが限界だったんでじゃないだろうか。そんな感じだな。だから、球体の頂点は四つの壁が交わる。その壁の下に建設時作られた扉がある。各国の金銭とかそういう問題に発展しないよう、魔国以外の三カ国で管理している。そこを使えば一発で龍国だ。鉄の扉は、君たちのいる部屋の扉より頑丈なもので作られている。だから、壊される心配もない。通ったらさっきと同様すぐ閉めればいい。ただ、一つ難点があってな。」


「難点?」


「先ほども言ったが、その扉は三カ国で管理しているため警備が厳重なんだよ。龍国は主にそこの警備員を、我々は厳重な扉を、人国がセキュリティーシステムを管理している。龍国に話せば警備員はなんとかしてくれるだろうが、セキュリティーシステムを突破しなければ扉は開かない。でも、人国が獣人三人のために協力してくれるわけないしな。」



 獣国にはそう言ったものに詳しい奴はひとりもいない。

 獣人には少し難しいのと、単純にそれを使わずとも問題のない力を持っているため、学ぶ必要性もないのだ。けれどそれが仇になった。


 くっそ、ゼンさんの修行の合間にでも勉強しとけばよかったな。て、うん?待てよ、いるじゃんか。優秀な子が、うちの娘が勉強してたじゃん。



「私やりますよ、できるかわかりませんが、やってみます。でもどれくらいかかるかわからないので、時間稼ぎはお願いします。」



 早いって、立候補が早いよっ。推薦しようと思ってたのに。まあ、急ぎなわけだし早いにこしたことはないんだけどね。

 でもちょっと、ちょっとだけでいいから組長に自慢したかった。「うちの娘すごいんですよ。」って。

 いや、知ってるか。修行中ツキヤの面倒見ててくれたの組合のみんなだし。



「その言葉を待っていたよ。ならば私は、応援部隊の準備と、龍国に連絡をしよう。選択肢は多い方がいいからな。獣国にダイレクトに帰れた方が良いだろうし。」


「よし。では今から、作戦の整理をする。俺がジガイ、シークスがもう1人の黒猫とを引きつけ戦闘開始。ここでツキヤのハッキングにかかる時間を稼ぐ。次に、ツキヤのハッキングが終わり次第連絡を受け、転移魔法で門の前まで集合し、ダッシュで逃げ込み扉を閉める。できるなら獣国に戻る。以上、何か問題あるか?」



 辺りを見渡し、自信満々な2人を見て不思議と俺も勇気が湧いてきた。



「よし、やるぞ。これは、逃げるための戦いじゃない、後に倒すため力を貯めるための戦いだ。扉を潜れば勝ちなんだよ。気張っていくぞ。」



「ッシャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


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