第21話 信頼
「俺はもともとビンザルスの本部にいた。ヒーローになる前は雇われの身でな。タスク達成のための情報収集として、奴らの内部情報が欲しかった。スパイの真似事だよ。おかげで、ビンザルスが組織としての形を保つためのシステム、名のある者の名前、能力、各部署、奴らのトップについてなどありとあらゆる情報を得ることができた。当時じゃ人体実験さえも行っているといううわさもあったが、その真偽を確かめるべく調査しているところでバレ、今じゃ追われる立場になったのさ。だから、あいつらには詳しいんだよ。ただ、当時も現在も謎なのが組織には共通してる目的がないことだ。スローガンのようなもの掲げておらず、何があそこまでの一体感を生むのかがいまだに謎。そのおかげで、警察や国はビンザルスを殲滅する判断に踏み切れない。どこまで行っても、トカゲのしっぽきりで終わってしまう。そうでしょう、組長。だから、組合が消されずに済んでいる。」
俺は今までの出来事とともに、ビンザルスに詳しい部分を詳細に皆に伝えた。
最後の問いかけに組長のが片方の眉毛をピクリと動かす。図星を疲れたような表情を想像していたが、俺の予想は大きく外れた。組長は今まで見たことのない顔で俺を見つめかえした。目は座り、眉を
少しわかったことがある。それはビンザルスにも恐らく組長と同じように絶対的王者がボスの座に君臨しているということ。だから、個人でバラバラだった心も、恐怖という名の忠誠心に支配され組織全体の統率が取れているのだろう。
まあ、ビンザルスと違って組合はシステムがよりしっかりしてるから、恐怖心で動いてる人なんていないが。
ここまで脳内でべらべらと理論を並べているが、多分俺は頭で理解するより先に本能で感じていた。
そのことに気づくと無意識に「ハハッ、こっわ。」と小声でつぶやく。俺はその恐怖心を気付かれぬよう、組長の威圧に委縮していると悟られぬよう笑顔を作ってみたが上手くできた気がしない。
彼は俺のへたくそな笑顔をチラリと見た後、視線を正面に戻す。
「そうだな、組合が消されずに済んでいる理由は君の言っている通りだよ、ソード。」
シークスは全く理解できていなさそうなのでいいが、ツキヤも小難し顔をしていたのが少し意外だった。
確かに、長期間孤児院にいたツキヤには少し難しいかもしれない。物事同士の関係性を知るには、まずそれらを相対的にみる必要がある。世間の情勢を知る機会のない施設の中じゃその能力も育たたないのも納得だ。
わかっていなさそうな二人を見かねてか、組長が助け舟を出す。
「そうだよ、警察や軍は証拠がなければ動けない。ことが起きてからしか対処できない。犯罪組織であるビンザルスの殲滅、制圧に踏み切れないのもそれが原因だ。奴らは、公に目的を掲げてもいなければそのしっぽさえ簡単に出しやしない。ゆえに、個人単位での逮捕はできるが組織として壊せない。全員が全員関係者とは限らないから。噂だけじゃ動けない、現状の警察の権力じゃ人国の警察のように家宅捜査にさえ入れない。それをビンザルスも理解している。ある程度の位の者は共通意識があるかもしれないが、簡単に口を割る恐れのある下位の存在には目的はおろか内部の情報さえ知らされてないだろう。だが、組合ができたことで国の行動範囲は大きく広がった。未だ、政府公認になれないのにも関わっている。政府が直接関与できる機関になれば軍や警察と何ら変わりない。証拠なしに制圧できる我々に国はすがるしかないのだ。とはいえ、ビンザルスと組合の違いなんて紙一重さ。どちらも荒くれ者の集団に変わりはないからね。危険度の高いビンザルスの排除のために、国は我々の存在を黙認せざるを得ない。リスクはあるさ、ビンザルス全体がテロ組織であるという証拠が出れば私たちは用済みになり、能力持ちである君たちは当然の事、人間の技術を使いこなせるツキヤは間違いなく政府に使われるだろう、贖罪としてな。」
「そんな。もしビンザルスが少しでも証拠を残したら、私たちは犯罪者扱いになるって、あんまりじゃないですか。」
瞳を揺らし、眉を
「大丈夫、その心配はない。奴らは絶対に後を残さない。」
「ソードよ、その根拠はなんだ。お前の事だ、確証がない話じゃないんだろう。何も知らぬ我々もうなずける理由なんだろうな。」
脅しのかかったその口調とは裏腹に、シークスの目は信頼に満ちていた。
その期待に応えられるか俺は不安になり下を向く。確証といえるものか微妙だったから。
これはとある人物への信頼、いうなれば俺の主観だ。確実でもなければ根拠もない。納得させようにしても経験談を話すくらいしかできない。そしてこの経験も、きっと誰が聞いても基本共感できない。
はっきりと頷けぬまま目をそらすと、シークスが話そうとする組長をさえぎり、口を開いた。
「ソード。俺はお前の生い立ちも知らんし、当時何の仕事をしてたかも知らん。俺は、一般教養がないからさっきの話も、カースとやらから逃げる作戦会議の時も、お前らの言っていることが説明がなければわからない。そんな俺が、受かるのは困難といわれるほどの免許取得試験に合格できたのはある程度の事を教えてくれる師に出会ったからだ。俺の周りはいつも騙し騙され、殺し殺されの世界だった。その世界で身についたたった一つの能力、『人を見極める力』。これだけは確かなものなんだよ。薄汚い大人が俺を囲う中、勉強を教えてくれる人を選んだのは紛れもなくこの俺だ。いいか、よく聞け。俺が得たこの異能よりも、この体に刻み込まれた治癒力よりも、自然を動けるサル並みの運動神経よりも、最も優れているのが、人を見極める力だ。脳のない俺がここまでやってこれたのもこのおかげ。だから今まで俺は人とつるんでこなかった。そんな俺が、お前を選んだんだよ。あの時、旅に出ないか誘われたあの瞬間から俺は、お前の味方だった、信用したんだ。このシークスが選んだ、この事実だけでお前は信用できる奴だ。そんなすげえソードが言うことだ。俺はそれを信じる。お前が信用するそれを、信用しないわけがないだろう。」
初めてだ。今まで人にここまで信頼されたのは。いや、違う。初めてじゃない。その信頼に今まで気づかなかっただけだ。
ツキヤと会った時から素を出してくれたのも、シークスがともに旅に出てくれたのも信頼の証。
遅すぎるな。俺はとっくに、覚悟なんてものなくても腹を割って話せる友人が出いていたんだな。
かすかにぼやけた視界で天を仰ぎ、零れ落ちそうになるものをぐっとこらえる。
今はこんなことしている場合じゃない。深く深呼吸をする。シークスの言葉で少し話しやすくなった。あそこまでストレートに伝えてくれたんだ、応えるほかあるまい。
「実は、危うくなった俺を逃がしてくれた人物がいる。その人は頭の切れる人でな。表立って動くことはなく、自分の目的ためにしか動かない。ダイヤ、という。ビンザルスの参謀で彼にとっては、人も、環境も、天災さえも自らの駒に過ぎない。彼が指揮した作戦は、すべて目的を確実に達成している。物事において寸分の狂いもなく、必ず正しい結果へと導く。どんな状況であろうとも、それはすべて彼の想定の範囲内さ。ダイヤさんは、ビンザルスの中枢を担う人だ。だから、ここまであの荒くれ者の集団が成り立っている。組合と違って、ビンザルスには雑頭が多い。彼がいなければここまでの脅威にはならなかったろうさ。彼の権力が生きている限り、ビンザルスは尾を見せることは今後もないだろう。」
「だが、なんでったってそんな大物がソード逃がした?」
組長はおそらく俺を警戒している。そりゃそうだ。勘なんてもので組合を危機にさらすわけにいかないからな。
別に隠してたわけじゃないんだが、素直に伝えた方がよさそうだ。
この先、組長の信頼がなければ厳しいだろうしな。
「契約を交わしました。あの時、逃がしてもらう代わりにあなたの望むものを必ず与える、と。ダイヤさんが望むものとは・・・」
その場の全員が、特に組長が一番緊張していた。
国、なんて言われれば各国との戦争不可避だからな。国家転覆を企むなら俺も、もれなく反逆者。
組長としても、気に入っている人材をなくしたくはないだろうし、何より組合から逮捕者が出たなんて知れ渡ったら世間からの信用はがた落ちだ。そうなれば、組合としての立場も危うい。
ちなみに、ここでじらしたのは組長の反応をうかがうためである。
反応によっては、ビンザルスのシステムを話すのはよそうと思っていたからだ。
俺は俺の目的がある、そのためには組合も、ビンザルスの存在も必要不可欠。
もし、組長が国家機関とつながっていたなら情報を利用して国はビンザルスの制圧を開始するだろう。
それは非常に都合が悪い。でも、あの顔を見ると杞憂だったようだ。
「ダイヤさんが望むのは、平穏です。平穏といっても、”自分の生活の”平穏ですが。要は、見返りがなくても平穏な生活を送りたいそう。今ビンザルスにいるのは、駒を動かすだけで何不自由ない生活を送れるから。ゲーム自体は好きなようですから。彼にとっては天職なわけです。だから、ビンザルスを制圧したのち、本当にタダで衣食住を保証しました。」
どうやらシークスたちは安心したようで、深く椅子に背を預けた。胸を張り体を反りながら、目を閉じ大きく空気を吸った。今度は組長まで眉を顰める。
「ちなみに、彼が失脚する可能性は。」
「それもないね。彼なしじゃ、策は立てれても脳のない奴らを計画通りに動かすなんてできやしない。」
この言葉にツキヤは安心したのかホッと胸をなでおろす。
すると、すぐさまパソコンを用意し眼鏡をかける。オジサン三人が何をしだしたかと目を丸くしているが、黙って何やら部屋付きの者にに機械を用意させる。
「さて、ある程度の内情は知れました。今度は敵の情報と、地形、権力を存分に利用して、勝ちにいきましょう。」
わが娘ながら恐ろしい不敵な笑みは、シークスと俺を奮い立たせた。
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