第20話 緊迫
[覚悟はいいか?入るぞ。」
ドアノブに手をかけカースと目を合わせる。俺の予想が正しければ、扉の向こうには我々を仕留めれるだけの罠がある。
この部屋の向こうにはソードの力が充満しているせいでソードがどのあたりにいるかわからない。
入った瞬間に炎魔か能力を放つほか助かるすべはほかにないのだ。
「いいか、スピードが肝心だぞ。」
「わかっている。」
こめかみに浮かんだ透明な大粒の汗が、輪郭をなぞって落ちていく。頬を伝い落ち、地面に接すると同時に勢いよく扉を開いた。
「なんだこれは。」
背中いっぱいにかいた汗により冷たく湿った服が、大きな背中にピタリと吸い付く。布の冷たさを実感する頃には、頭上から降りかかる水によって体がびちゃびちゃになっていた。心なしか床には水たまりが見える。
我々の先祖はネコ科、そこをついたのか。確かに、水は得意ではない。
「だがなあ、無意味よ無意味。水に臆さぬよう我々が教育されていたのを貴様は知っておろう。なあ、ソードよ!」
部屋の中で一番魔力の濃く、あの娘と男の匂いのするゴミ箱に手をかけた。そこにいるのは明白だったからだ。
「待て、ジガイ。開け…」
言い終わる前にゴミ箱を開けた。中には、丁寧に作られた3人の氷像があるだけ。気がつけば足元は凍り、降りかかる水は氷の槍と化し攻撃してくる。
「ソード!」
思いっきり彼の名を呼び、逃げ道を探した。「うるっさ」と言わんばかりに耳を塞ぐカースに気づかず、帰ってくる音を頼りに部屋の異変を探した。角の天井からの反響は、音がこもって聞こえる。
そこにすかさずカースが拳を入れ、甲高い音と共に通気口が姿を見せ始める。間髪入れず、その通気口に俺とカースは身を詰め込んだ。
「成功です。トラップかかりました。て、え?」
「どうかしたか。」
「いえ、もう通気口が見つかりました。このままじゃ追いつかれます。」
瞳を揺らし動揺を見せるツキヤ。
その言葉に答えるかごとくスピードを上げるシークス。でも、それだけじゃ遅いと思ったシークスが俺に問いかけた。
「なんでてめえは
体がはねる、別に
思考と身体の制御が聞かないことがどれだけの恐怖か、また悪夢を繰り返す可能性がどれだけの重圧か。行動を一つとるだけで、普段自分が無意識に行っている作業が初めてかのように手につかなくなる。
捕まる可能性の高いこの局面でそんなリスクは犯すべきではい。
「トラウマは乗り越えられる。」と、ドラマやコミックは言う。ぶっちゃけそんなの綺麗ごとに過ぎない。
トラウマを乗り越えるということはつまり、過去の自分との一騎打ちだ。
二人には悪いが、俺はまだ過去の自分に勝てる気がしない。勝つ、勝てるようになるビジョンが全く見えない。無鉄砲に、こんな危ない状況で自分の過去と向き合おうとするほど馬鹿じゃない。
だから…
「シークス、最高速度でいい。どっちみち扉を開け閉めする必要があるんだ。お前はそのまま、ツキヤを背負ったまま最高速度で駆けろ。俺らもこんだけ動いてんだ、微量の魔力は漏れてる。あいつらがそんな痕跡に気づかないはずがない。だったらどれだけ魔痕を残したって関係ないだろう。俺も俺の出せる最高速度で走る、この体制のままなら開け閉めもスムーズだしな。」
「ハッ。お前、
シークスはその辺の機械を適当にに操り、自分とツキヤが離れないようがっちり固定した。遠吠えをしながら徐々に、でも確実にスピードを上げていった。
自分の前方の地面に半径一メートル単位で瞬時に水を張り、コンマ数秒もたたぬ速さで氷に変えてゆく。
そちらの方が走るよりはるかに早く楽に進める。そしてもう一工夫加えることによりシークスにも追いつける。
それは、後方に勢いよく水を噴射しスピードを上げその水も大きな氷塊にする。
これなら時間稼ぎもできて一石二鳥である。
「ここです。この階段を下りて。」
言われた指示通りに俺とシークスは向かった。降りた先にあったのはただまっすぐに続く廊下だった。ただ、その先には重く頑丈そうな扉があった。
助かる、そう思った。
「ソード!」
振り向くと赤く鋭い眼光をした黒い獅子が、後方に青白く燃え盛る炎をまき散らしながら豪快に走っていた。
動物としての生存本能だろうか体全体が逃げろと言わんばかりに能力の出力が今までにないくらい上がった。
シークスを抜き外見通り重い扉をこじ開け、シークスを扉の先へ誘導する。
長い舌を出し、ぎりぎりの状況を楽しむかのような笑顔を見せながらシークスは、ツキヤの拘束を解いた。拘束を解いたたった一瞬で、ツキヤを投げ飛ばしそれに続くようにシークスも飛び込む。
開けたときにドアロックがかかったのか閉める扉はひどく重たかった。足、腰、手の順番で体をひねり力を入れゆっくりと扉を閉める。
そうこうしている間にジガイは20、30メートルと短時間で距離を詰めてくる。俺はジガイに一目もくれず、扉を閉めることだけに集中した。
「ソード!」
ジガイとの距離は数センチ、青い炎との距離は数ミリというところで、低く重厚感のある音が長い廊下と狭い部屋の中を満たした。ジガイが分厚い鉄扉にぶつかった鈍い音が俺たちの体に響いた。
~現在~
俺たちはこの数分間の事を事細かく説明した。
「まさか、黒猫が二人も出てくるとは。いよいよ本格的に動き出してきおったか。」
「すまぬが、その黒猫とやらは一体なのだ。というか、なぜソードがそこまで狙われる?」
「そこなんですよね。まあ、あとは本人から聞きましょ。ね、ソードさん。」
三人の視線が一気に自分に集まり、耳が丸くなりしっぽが下がっているのが自分でもよく分かった。
本当は話したくないのだが、最低限の事は話さねば。こいつらにだって知る権利はある。それに組長なんかはこんだけ世話焼いてくれてるし、組織全体を巻き込む可能性だってあるんだ。伝えるべきだろう。
「先に言っておく。俺は組織の仕組みだったり人材の事について知っていることはあるが、組織の内部事情だったり、研究や目的だったりいったものは一切知らない。というか、知らされていない。話せば長くなるんだが…。」
全員が息をのみ、俺の言葉を待っている。俺は、集まるみんなの目を見て安心した。こいつらなら大丈夫だと、一緒に肩を並べまた歩いてくれるだろう、と。
その熱い視線に俺は泣きそうになりながらも、少しずつ語りだした。
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