第19話 力
急いで扉を開け、二人が中に逃げ込んだのを確認てから、バタンっと音を立てて扉を閉めた。
全員が息を切らし、シークスは上まで上げていた上着のチャックを下ろし床に崩れ落ちる。
呼吸を荒げながら持っていたタブレットを使い作戦を練り上げるツキヤに対し、俺はその部屋にある機材で組合の本部と連絡を試みる。
モニターに映し出された映像は、最初は荒かったものの徐々に輪郭を鮮明に、音の質を上がっていく。
「よかった、連絡が取れたな。人国で獣人が暴れているというニュースを見て、急いで連絡したがつながらないんだ。心配したよ。ところで、何があった。」
疲労困憊の我々を見て組長は、安堵の表情からすぐに緊迫した表情へと変えた。
それはほんの数分前の事である。
~数分前~
「さて、どうしたものか。」
唇をかみしめて、タブレットのブルーライトのみが白く光る狭い箱の中で額に伝う冷や汗を手で拭った。
地上に出ればへたすりゃ鉢合わせになる。今はどうやり過ごすかが重要だ。
もし、2対2の状況になれば負けは目に見えてる。
一人ならまだしも黒猫二人を相手にすれば俺達全員傷を負うだけじゃすまされない。
思考を全力で巡らせ、頭痛を感じるがいい案は浮かばない。
どの道に進んでもバッドエンドにしかならない。
この詰んだ状況をひっくり返せるほどの力も、兵器も持ち合わせていない。
顔をこわばらせ、目を爛々とさせる俺に気を使ったのかシークスが声をかける。
「なあ、ソード。この状況なら、一番現実的なのは奇襲じゃねえのかい?それこそ、先祖がネコ科の
「そうことがうまく運ぶならやってるさ。でも、それが通用しない相手だから困ってんだよ。相手の気配感知も魔力感知も一級品、それだけでなく五感も研ぎ澄まされてる。そんな相手に、一発勝負の奇襲で勝負なんてどうぞ殺してくださいとでも言っているようなものだろうーが。」
何のひねりもない作戦会議のおかげで少し落ち着きを取り戻したが、状況は悪化する一方である。
時が進めば進むほど相手はこちらに近づくのだから。
めずらしくシークスが眉間にしわを寄せ考え込んだ様子だったが溜息を吐いた。いい作戦は浮かばなさそうだ。
それを見かねてか、ずっとタブレットで作戦を考えていたツキヤが口を開く。
「一応逃げ道はあるんです。調べてみたらここはゴミ捨て場。おそらく我々が入っている箱はゴミ箱でしょうね。この会社、見覚えがあったんです。なんだったかすぐに思い出せませんでしたが、逃げ道を模索するために間取り図のようなものをハックし見てみたらすぐ思い出しました。」
指で操作しながら淡々と語るツキヤに俺たちは耳を傾け、視線をタブレットに向けた。
「以前、一緒に組合と提携を結ぶお店に行きましたよね。その際、帰り際に店長さんからとある紙をいただきました。あのお店、実はこの前私たちが入った部屋より下層にもう何部屋かあるみたいなんです。そこはいわゆる避難部屋、ヒーローたちが本部と同様の支援を受けられるように設けられた部屋です。避難部屋は闇市と似ていて、人国各地の入り口につながっています。その入り口の場所がすべて書かれた紙を店長さんからいただいたんです。一覧の中に、この会社の名前がありました。ですがこの入り口に向かうには一度一階に出なければなりません。残念ながら、ここと入り口のある地下はつながっていないのです。今、我々のいる場所はここ、入り口に向かう最短ルートで向かおうとしても鉢合わせる可能性は避けられません。でも、ここを活用するほかほかに生き延びる道はないでしょう。」
「なるほどな、つまりどういうことだ?」
シークスが真面目な顔して聞いてくる。
ものすごく真剣な眼差しで聞いていたくせに何もわかっていないのか…。
「あー。つまりだな、避難部屋につながる入り口に向かいたいがそのためには一度、地上に上がり、もう一度地下に入る必要がある、だけど鉢合わせにはなるだろうってことだ。」
かいつまんで説明してやると、ようやく納得した様子を見せた。
どうしたら黒猫をうまく振り払えるかと熟考している俺とツキヤを不思議そうに見るシークス。
何がそんなにわからないのか。
こいつの中では、鉢合わせる、鉢合わせないの2択しかのだろう。「かもしれない」なんて言葉なさそうだもんな。言ったら怒られそうだけど。
「なあ、会うのが怖いなら会わなければいいんじゃねえの?単純な話だろ、何をそんな考え込む必要があんだよ。」
「いいですか、シークスさん。これそういった簡単な話ではなくてですね。」
ツキヤがシークスの事を説得しているのを聞き流しながらも、シークスの言った言葉に引っかりを覚えた。
会いたくなければ会わなければいい。
そんなことが簡単に叶うわけない、と初めから考えずにいたが、できない話じゃない。
いや、今までで一番現実的かもしれない。
「いや、正解だシークス。そうだよ会わなければいい。」
「ソードさんまで何を言ってるんですか。」
「いいか、作戦はこうだ。時間がない一発で頭に入れてくれ。」
ごくりと音を立て固唾をのむツキヤと、「おうよ!」とでも返事しそうな勇ましい顔をしたシークスに語りかけるように説明をする。
「あいつらは、生物を探知するのが得意だ。おそらく、いや確実に俺の魔力も気配も匂いも覚えている。そいつを利用させてもらう。二人にはまだ俺の能力の事をちゃんと伝えていなかったな。俺は二種の能力を持つ。
まず、俺らが入っているゴミ箱に氷をためる。そしてその箱に俺らが仕事の時につけていた仮面を放り込みにおいを足す。その後はこの部屋全体を俺の魔力で満たす。これで完了だ。この部屋に逃げ込むとき、通気口が見えた。そこから上に登っていこうと思う。ただそれだけでは、通気口から逃げたとばれるので時間稼ぎ兼カモフラージュとして一味加える。ツキヤ、スプリンクラーのハッキングはできるか。」
「やったことはありませんが、できるかと思います。」
「なら問題ない。あいつらが入ったことを確認でき次第、スプリンクラーを動かせ。そうすることで、瞬時に水と魔力が混ざり俺はいつでも凍らせられる。この部屋に何重にも氷の壁を築くことにより、溶かすにも壊すにも時間がかかり、俺らを追うことは困難となる。その隙に逃げ出せば完璧だ。あいつらがここに来たことを確認するには、このピンで作動するアラームタイプのトラップを使えばいい。こいつを、ゴミ箱の内側に取り付けておけば、蓋を開けた瞬間に氷の空間の出来上がりだ。本当は爆弾だったが、あいつらは爆薬のにおいに気づくからな。仕方がない。」
「わかりました。その前に一つ、そのアラームトラップを貸していただけますか?」
何をするのかわからんが言われた通りトラップ渡す。
今はこれしかない。
行くも戻るも地獄のこの状況、うまくいくことを祈るしかない。
さっきまで勝率が0%だったのを1%に引き上げただけ。
頼むぞ。
いったいどこに逃げたのかね。あいつ。でもよかったな、あいつは二人仲間を連れていた。ほんとよかったよ、ソードだけの捜索は困難を極めるからな。とはいえ、さすがはソードが見込んだ仲間だ。三人でも見つけるのが難しい。
「おい、カース。なんか見つけたか?」
「うるせえ、そんな簡単に見つかるわけないだろ。ここ数十年間黒猫の目を盗んでいた男だぞ?んな簡単にみつかりゃ、今俺らはここにいねえよ。」
「そうよなあ、魔力とか何か感じるわけでもないしな。」
そんなことを話して廊下を歩いていると、一瞬身体がぞくっと飛び跳ねた。
この、肌にビリビリくる感覚…。
私とカースが同時に、同じ方向に顔を向けた。
「行かない方が賢明だなこりゃ。どう考えたってトラップだ。」
「何を言っている。それはソード単体での話だ、ほかの二人は違う。私が追ったとき明らかな焦りを見せた。それは、今この状況になりうる可能性を示唆していたとも考えられる。有識者故の焦りだろうな、我らを知っているがゆえに、身体が言うこと聞かない。それに、もし仮にトラップだったとしても行かねばなるまい。私たちの仕事はソードの生け捕り、そのトラップとやらをねじ伏せてでもとらえる義務がある。違うか?」
深いため息をつきながらも気だるけに歩き出すカース。
私は冷静を装ってはいたが、心が躍っていた。
ソードよ。お前のすべてと俺のすべて、どちらが強いか互いの命を持って証明しようじゃないか。
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