第18話 嬉々と危機

 「まだか!まだ見つからんのか!?」


 声を荒げ部下を怒鳴りつける。強者に縋り付き、群がる蟻どもをひたすらに踏みつける。毎日毎日毎日毎日その作業のくりかえし。そんな日常に嫌気がさしてきたのかもしれない。

 荒れ狂う炎のなかで苛立つ自分を宥めつつ、思考を巡らす。

 もし、人国にいるならばこの大騒ぎにあいつが気づかないはずがない。



「ソード…。」



 ポツリとつぶやいたその名前にひどく重いプレッシャーを感じた。

 奴に抱く感情ソレは一体なんなのか。憎悪か、感謝か、尊敬か、嫉妬か。はたまたその全てか…。

 ぐちゃぐちゃになった感情とは裏腹に、私の頭はすべきことを明確に整理して目標達成までの道のりを鮮明に示した。



「なにをボーッとしている。毎度毎度、やりすぎだ。お前のおかげで、汗をかいたじゃないか。」

 

「いいじゃないか、カース。代謝が上がって痩せて、念願のダイエット成功じゃないか。それに俺は群がることしかできぬ弱者は嫌いだ。こうやった方が効率も良けりゃ、カスを相手しなくて済む。」



 渦を巻く炎の中心で顎に手を当て考えていると、漆黒の髪が肩にかかるほどに長く金色こんじきの瞳をした、人間の容姿をした男がやってくる。

 油断しているのか、面倒くさくなったのか、髪の隙間から低めで丸っこい形をした耳が、腰の位置からは黒くしなやかな尻尾が顔を出した。


 ビンザルス最高戦力黒猫が1人、クラウンのカース。

 ペラペラと薄い男だ。相変わらず呼吸するかのように嘘を吐く。

 私にバレバレな嘘をつきおって。汗ひとつかいてないじゃないか。そもそも豹ストラド族の出身は熱帯雨林だ。暑さには強いだろうに。



「俺のことはお構いなしか。お前のそうガサツなところが嫌いなんだよ、ジガイ。だから、お前と組みたくなかったんだ。」


「そうわがまま言うな。私の相方は生憎今は留守なんだ、代わりとしてお前がくるよう支持したのはダイヤさんだろう。あの人直々のご指名だ、何かあるんだろーよ。」



 わかっている、と言わんばかりに悪態をつき舌を鳴らすカース。

 悪いがこちらはそれどころではないのだ。ソードを探すのにどれだけ苦労してると思ってんだ。


 眉間に皺を寄せカースを睨んでいると、部下がこちらに息を切らしながらこちらに駆け寄ってくる。

 報告を聞くには不審な人影を見つけたという。

 このタイミングで人影ねえ?怪しい以外の何者でもない。

 部下の報告にあった方角に顔を向け目を凝らす。



「見ぃつけた。」






         〜数分前〜





 ガスくさい。いやそれだけじゃなく、人国では感じるはずがない魔力を感じた。

 暗き町に並ぶビルを飛び移りながら、自分の感覚を尖らせていく。この小さな二つの違和感に、決して拭いきれぬ強い悪寒を感じた。


 人国に魔力を持つ者は少ない。人間は獣人と異なり、魔力ではなく呪力を扱う。我々のように知恵を持った四代種族である獣人、そして人間、龍人、魔人はそれぞれ違う力を持つ。

 獣人は魔力、人間は呪力、龍人は霊力、魔神は妖力を身体中に巡らしており、それらの力を精神力エネルギーと呼ぶのだ。

 そして、人国は獣人の入国を強く取り締まっている。つまり、人国では魔力は感じることができないはずなのだ。

 それにも関わらず、目的地に近づくにつれ感じる魔力は強くなっていく。

 

 ガス、魔力、この間の色とりどりな炎によるテロ。どう考えても、獣人の仕業にしか思えなかった。


 ただ何か引っかかる。

 あのニュースに映し出された炎は何色だったか、思い出せない。

 「関係がある。」という確証はないが、頭に浮かんできたその考えが消えることはなかった。

 獣人の第六感はよく働く上に鋭い、故に関係ないとも言い切れないのだ。



 「どこか浮かない顔をしているな、ソードよ。何か問題でもあるか。もしやお主もか。」



 ツキヤだけがなんのことかとキョロキョロとめを泳がせている。どうやら、シークスも俺と同じように魔力を感じているようだ。



 「そんなに考え込まずとも安心してよかろう。我らは強い。相手が獣人だろうと、並大抵の奴らを倒せるほどには強くなった。もし、悪さをしている輩を見つけたら、とっ捕まえれば全て解決というものだ。」


 そういって、いつもの如く豪快に笑う。

 そのいつも通りの様子を見て俺は少し安心した。けれど、悪い予感が消え去ることはない。

 この緊張状態をどうにか解消したいが、万が一の状態になった時のことを考えておかねばなるまいな。



 「なんでしょうあれ。」



 嫌な予感が的中する。

 ツキヤが指摘するとともに辺りが明るくなっているのがわかる。俺らが向かっている場所が、真っ暗闇の夜の中で不自然に明るい。進めば進むほど、辺りは夜であったのが嘘のように光を放ち、気温が上がっていた。メラメラと、囂々と音を立てながら街を飲み込む炎は、色鮮やかな色彩を放ち我々を魅了した。



 「人影?」



 ツキヤが炎の中の異変に気づき、指を指す。

 指された方向に目をやると、そこには黒髪長髪に人間には違和感のある丸いものが頭あたりにあり、筋骨隆々の男が炎の渦の真ん中に立っていた。どうやら誰かと話しているようだ、その男の足元に膝をついているのが見て取れる。もう1人奥にいるようだが、炎のせいで見えづらく容姿がわからない。


 目を凝らして見ていると、突如赤い眼光がこちらを向いた。


 全身の毛が逆立った。

 俺はその男と目が合った瞬間に、左にいたツキヤを小脇に抱えシークスの後ろの襟を掴み後方へ瞬時に動き


 「逃げろ!」


 と、咄嗟に叫んだ。



「見いつけた。」



 男は炎の中でニヤリと笑い、ものすごいスピードでこちらに迫ってくる。


 俺の慌てように驚いたのか、シークスもひたいに汗をうかばせながら俺の手を振り払い後ろを向いて全力で走り始めた。

 俺らは急いでビルとビルの間に飛び込み、適当な窓を思いっきり蹴り割ってそこに転がり込んだ。

 何本かのガラス片が身に降りかかり傷をつけるが気にしている場合ではない。急いでその場を離れ階段を下る。

 逃げ込んだビルは、大きな会社だったのか幾つもの渡り廊下があり、逃げ道が多いのが不幸中の幸いだった。


 何棟渡ったかわからない。

 ある程度距離を置けたことを確認し今いる建物の地下へと駆け込み、3人で身を寄せ合いながら大きな箱に隠れる。

 おそらくゴミ捨て場かなにかの部屋なんだろう。多少臭いが今は文句も言ってられん。

 手短に、物音をたてぬよう気をつけながら、ことの重大さを2人に話す必要がある。



「おい、ありゃ一体誰だ。お前、何か知ってるような感じだったよな。」



 息を切らしながらシークスが口を開く。言葉の荒れようから警戒しているのがよくわかる。



「あいつは、ビンザルス黒猫が1人傲慢のジガイ。」


「待て待て待て、黒猫?黒猫ってなんだ。」


「そいつはまた後で説明する。とにかくめちゃくちゃ強いってことだ。あいつも能力持ち、まともにやりあえば勝ち目がない。今はここから逃げることを考えよう。」



 とは言ってもここは地下。もし仮に上の階にジガイが居たならば鉢合わせて戦闘になるのは避けられない。


 それだけじゃない。ここにきているのはジガイだけではないのだ。

 奥にジガイと同じ目線で話してる奴がいた。ジガイと同格、あるいはそれ以上の立場のやつがもう1人ここにきてる。


 可能性から考えるに、もう1人も黒猫という線が濃厚。

 「見いつけた。」という言葉から俺を探してたことがわかる。

 最悪なケースだ。あいつらがペアで行動してるとこに俺らも鉢合わせなんて冗談じゃない。

 鉢合わせになったとしてもツキヤに気を配りながら戦うなんてことできない。


 囮作戦は前回でもう散々だ。今はまだやることがある。死ぬわけにはいかない。逃げ込む場所を間違えたな。


 「さて、どうするか…。」

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