第17話 違和感
自然な光によって心穏やかに目が覚める。
肉体的疲れはまだしっかりと取れていないものの、精神はだいぶ落ち着いている。
ただ、いまだに引っかかる。
昨日の電車で起きた現象、霊とか妖怪とかそんな不可思議的なものじゃなかった。
あの時ささやかれた感覚は、一日たった今でも身に焼き付いて離れない。
悪夢のような、幻惑のような。そのせいで正直な寝た気がしない。
このままじゃ、今日のパフォーマンスに影響が出る。
「一杯、茶でも飲むか。」
部屋の鏡を取りざまに横目で見てみると、やつれた表情をした白き虎がいた。リビングにツキヤがいないといいが。
こんなたかれた顔で会えば「昨日遊ぼうと提案したせいで。」と、きっと気に病むだろう。
あの娘にそんな思いはしてほしくないんだけどな。
リビングにつながる部屋のドアに手を伸ばすと、突然ドアが開き自分の額を強打した。
あまりに急な衝撃だったため、軽く体がよろけた。
何かと思い、ドアの方に目をやるとそこには顔を真っ青にして焦りに焦ったシークスと、その陰に隠れいろいろとモノを抱えて何かを急いだ様子のツキヤがいた。
こいつらが取り乱すのは珍しい。いったい何事だろうか。
「物音がしたと思い急いで来てみれば。貴様、やっと起きたか。」
やっとって。俺が寝てたのはたった一日だろ、何言ってんだ。
数時間程度なのに、そんなに俺が恋しくなったのか、仕方ないなあ。
それにしても焦りすぎじゃないか、そんなに急ぐことか?
「何もわかっていない様子ですね。いいですかソードさん、あなたは丸丸三日寝ていたんです。こんなところで話してはソードさんのお身体にもご負担でしょうし、とりあえず居間で話しませんか。」
「出かけた次の日、いつにもまして起きてくるのが遅いとお思い、私とシークスさんで穴戸の様子を見に行くことにしたんです。それが午後2時ごろの事でした。寝ているあなたをゆすったり大きな音を出してもピクリともせず眠っていたんです。その時はあきらめて部屋に戻りましたが、その後もたびたび様子を見に行ったりしてたんです。たまに、寝返りをうってはいたので安心はしましたが睡眠が深すぎるため私たちではどうにもできず、私とシークスさんだけで仕事に向かいました。そしてまた翌日の事です。二日も起きないためさすがに心配になり例の店に向かうことにしました。そこで組長に相談したんです。そしたら、「そこの店員にジャンパスという奴がいる、そいつを連れて拠点に戻れ。ジャンパスは、こっちの医師免許も持っとるからな。これでよくなるといいが・・・。」と。それで一度診てもらったんです。それでも特に異常は見つからず、様子見という形になり三日たちました。すると、基本物音のしなかったソードさんの部屋から物音がしたと、急にシークスさんが言い出すものですから一応のお薬とお茶を持って準備万端の状態でここに来たんです。そしたらばったりって感じで。」
なるほど。俺はどうやら原因不明の昏睡状態?に陥っていたようだ。
当時の健康状態は特に問題はなかった。
しいて言えば、久しぶりの徒歩移動と人ごみによる気疲れだけだった。だから精神的にも肉体的にも、これといった原因は見つからないのだ。
ただ、心当たりがないわけではない。
帰りの時に聞こえた見知らぬ声、もしあれがこの昏睡状態と関係があるとするのならば点と点はつながる。
とはいえ、あの声の原因はまだつかめていない。
帰った後、言い出すタイミングがなくみんな疲れていたので結局言い出すタイミングがなく誰にも相談できていない。
もし関係があるとするならば、やはり伝えておくべきだろう。
「なあ、実は。」
その瞬間、何者かに手で口をふさがれた。
言葉に反応したのか二人は同時に振り返り首をかしげる。
かわいい、じゃない。言いたいことが言えない。口に出そうとしても声にならないのだ。
特に恐れることもない話なのになぜか言葉にできない。
気が付くと俺は、自分の思っていることとは正反対の言葉を口にしていた。
「いや、何でもない。大丈夫だ。心配かけて申し訳ない。」
違う。こんなことが言いたいんじゃない。
あきらめているわけではない。ただ、自分の意識とは別に言葉が紡がれてゆく。
まるで、誰かに操られているかのように。
俺は仕方なく、伝えようとすることをやめた。
とりあえず、二人に促されるがままに半日過ごした。
手早く着替えを済ませ、伸縮自在の如意棒を装備する。
これは、最後の稽古の日ゼンさんが俺に渡してくれたものだ。
「お前さんに日本刀はまだ早い。だが武器がなければこの先も困るというもの。こいつを託す。せいぜい頑張れ。」
という言葉とともに。
俺がなぜ着替えと装備をしているかというと今から仕事である。
正直今日は興があまり乗らない。どうしてもあのことが気になるのだ。
ツキヤの出発の合図が聞こえ、部屋の戸に手をかけ、一度深い呼吸をする。
「大丈夫だ、何も起きない。」
ツキヤとシークスと合流し、車に乗った。
ものすごい違和感。ナニコレ。
焦って隣に乗っているシークスに目をやる。
シークスは我関せずの雰囲気を出し、窓を見ている
[な・ん・で・だ・よ]
え、これツッコんでいい奴?ダメな奴?
いや、待て待て。
え、これ何も言わないわけなくね。なんかすごい臭いし。
みんな何も言わずに乗ってるけど、どうなってんだ。
こんな莫大な違和感に気づかないわけないよね。
もういい、言ってやる。
なんか、言わないのが暗黙の了解みたいになってるけど言ってやる。
ここで言わねば漢が廃るってもんだ。
よし、行くぞ。
「なあ、ツキヤ。俺らって車持ってたっけ。てか、お嬢さん運転できたっけ。」
よし言った、いったぞ俺は!?
「・・・」
なんで何も言わないの。やめて、悲しいからやめて。
隣から、フッフっと気が聞こえた来る。
いかん、あほほど笑ってやがる。
俺おかしくないよね、なにもおかしくないよね。
こいつ絶対なんか知ってるだろ。
「なあに笑ってんだ駄犬。」
「はあ、明らかに言いすぎであろう。このどら猫。」
「はあ!俺は虎だ猫じゃねえ!」
「気にするとこそこではなかろう。」
「はいはい、喧嘩はそこまで。とりあえずお仕事行きますよ。」
ふ~、終わった。
今日の仕事は量があっただけで大した難易度じゃなかったな。
「買ったんです。」
何の話だ。買った?ほんとに何の話だ。
「1970年物のダッジチャレンジャー。どこにでも早く連れていける、素早く、なんにでも引っ張っていけるような車が欲かったんです。それとサポート面においても免許取っておいて損はないかなと思いまして。シークスさんにお願いして金銭面、助けてもらったんです。この三日間で免許取れたので、買いに行ったんです。」
「免許って三日でとれるもんだったか?」
「まあ、できあえでよかったので。組長に手伝ってもらいました。」
要は、ずるしたな。
なんか、だんだん娘が狡猾になってきている気がする。
というか、なんだ。この胸騒ぎ。変な感じがする。これ何の匂いだ。
「なあ、カンヘル。これ何の匂いだ。」
「やっぱお前も気づいてたか。」
なんだこれ、南東の方からか。風下のなのに匂ってくる。
これ、俺が獣人だからわかったけど人間だったら気づけなかっただろうな。
この匂いに、この胸騒ぎ。何かある。
「行ってみようぜ。」
「フウロどのあたりかわかるか?」
「すでに特定は終わってます。場所は米国町、ニューヨーク。車で行くと危ないと思うので、このままビルを飛び移っていきましょう。」
近づくにつれて、胸の鼓動がどんどん大きく、激しくなっていくのが分かる。
(戻れ・・・)
今から向かう場所は、ソードたちに大きな後悔を残させる。軽い気持ちで向かうべきではなかったと、再び聞こえたその声に従うべきだったと。
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