第15話 息抜き
「あんた、獣臭いね。本当に人間かい?」
それは一日の最後の会計の時のことだった。
◯◯◯ ◯◯◯ ◯◯◯
「着いたーーー!」
ここは浅草区、雷門前。
多くの種が行きかっている。皆この時間を楽しんでいるようだった。
ツキヤは、目をきらつかせあたりを見渡している。
人国の観光名所は憧れだったらしい。今まで貯めたお小遣いと給料を全部持ってくるほど。
「おい、ソード。吾輩は腹が減った、ここは飯のうまいところが多いのだろう。早く我に食わせろ。」
「そうだな、ちょうどお昼時だ。飯にするとしよう。」
そんな会話をしていると、ツキヤが自慢げに自分のノートを開いて見せた。
そこには、浅草での楽しみ方やごはん屋さんなどが書かれていた。
「本部でパソコンの使い方を教わってるときに、組長さんと話してたの。練習がてらに、自分の行きたいところ調べてノートにまとめてみたらどうかって。ほんとにこのノートが使える時が来るとは思わなかったど。」
嬉しそうにノートを見てお昼を決めようとするツキヤ。
それを見かねたシークスはどこの店がいいのかツキヤに尋ねた。
「どこに行きたいのだ?」
なんでも、おすすめは寿司らしい。
高級寿司屋だったが、ツキヤの長年の望みだったらしく俺らは惜しまずお金を出した。
浅草区でも結構人気らしく、ツキヤは日本で一度は食べてみたかったようだ。
昼はその店で食事をすませ、その後は周辺の土産屋や浅草寺に行ったりして一日を過ごし、なかなかに満足した休日となっている。
「ソードさん、シークスさん。私ちょっとそこのお店見たい。」
ツキヤがそう言ったのは、人気のない雑貨屋で不思議な雰囲気を漂わせてた。
入ってみるとなんだか懐かしく、心地良さを感じる。
店内をぶらぶらと歩き、今日の出来事を思い起こしていた。
シークスが寿司を食べるのが下手だったり、三人で変顔の写真を撮ったり。乗るバス間違えてみんなで本気で走ったりっもあったな。
久々に気を抜けた気がした。この先の事を考えずに今だけを楽しめた。久しぶりの感覚だった。
ひとり感傷に浸っていると、ふいに一つの商品に目がいった。
アンクレットだった。
不思議なデザインをしていて、微かにだが身に覚えのある魔力を感じた。
時間が止まったように頭が真っ白になる。ずっと見ていられる気がした。
いつまでそうしていたのだろう。気がついたらずっと目が離せなくなっていた。
「………さん、ソー……さん。ソードさん!どうしたんですか。」
声のする方にはツキヤがいた。
いつのまにか自分の心臓はうるさいくらいに早く鳴り、額には汗が浮かんでいた。
いつものツキヤの声に安堵し、荒くなっていた呼吸が戻る。
「お会計終わったので、外で待ってますよ」と、ツキヤは一言言い残しその場を後にした。
ツキヤが外に出ると俺は先程のアンクレットを手にした。
単純に気になったのだ。なぜそこまで目を惹きつけられるのか。
家でじっくり調べてみようと、アンクレットをレジに出す。
「お客さん、珍しいね。このアンクレット、ずーっと店にあった売れ残り品なのさ。なかなか、手に取ってくれるお客さんがいなくてね。」
話しながら商品を袋に詰める老婆は青い目をしていた。
外町人かなにかだろうか。日本人にしては珍しい青眼をしている。
こちらが相槌を打つ前に淡々と話す老婆は、自分のことをなりそこないだと言っていた。
何の事情も知らないこちらからしたら、返答に困る内容である。
お金のやり取りを済ましてアンクレットも袋に詰め終わり、あとは商品をもらうだけだった。
「ありがとうございます。」と、差し出された商品を受け取ると同時に老婆は予想外の一言を口にした。
「あんた、獣臭いね。本当に人間かい?」
ドキッとした。
人国に来てから、一度も言われたことのない言葉だった。
(怪しまれている。どうすればいい…。通報されたら終わる…。ならこの婆さんをどうにかするしか…。)
「安心しなさいな。あたしゃ、通報したりなんかせんよ。あたしみたいな半端者が通報できた立場じゃないしのぉ。お互い様じゃ。」
老婆は、にこりと笑い商品から手を離した。
俺は何も言い返さず、何事もなかったかのように装って店を出た。
その数秒間はとても長く感じた。ひどく怖かった。
(婆さんは獣くさいとか言ってたっけか。家帰ったら小一時間風呂に入ろ。)
ツキヤ達と合流しながらそんなことを考えた。
このことは2人にも話しておいた方がよさそうだ。
雑貨屋の婆さんみたいに今後、勘づく奴は遅けれ早かれ現れるだろう。
バレるリスクは、当たり前だが少ない方がいいからな。
それにしても、ツキヤがさっきから満面の笑みなのだ。ものすごく嬉しそう。
シークスは夕飯のことで頭がいっぱいなのか、心ここに在らずって感じだけど。
(どうでもいいけど、ここにいる全員自由人だよな。まあ、おかげで気持ち的にはだいぶ楽なんだけど。)
いつも通りのこの2人を見てると、なんだか気持ちがスッとする。
「で、夕飯は何にするのだ?」
どうやら空腹が限界らしい。
シークスを連れてちょっと良いレストランに行くと食費バカになんないし定食屋とか
そういえば、ツキヤが
レストランのページをペラペラとめくりながら店を吟味しているツキヤに「
店の予約だろうか、それにしては出るのが遅い気がする。
ツキヤの話ぶりは相手が誰か親しい人物のように思えるが、そんな相手なんていただろうか。
不思議に思いながら話を聞いていると急に俺らの本名を口にした。
ツキヤ、ソード、シークス。わざわざ、電話口の相手には本名を伝えたのだ。
焦って電話を取り上げると、すでに通話は切られていた。
「さて、行きましょうか。レストランの予約が済みました。お金も要りませんよ。」
自信満々に意味不明なことを言うツキヤに対して、俺とシークスは目を見合わせ一回だけうなずいた。
足軽に向かうツキヤを、理解が追いつかぬまま追いかける。
しばらく歩くとツキヤが足を止めた。そこは、イタリア料理の店のようだった。
俺は、バイキングだと伝えたのにまさかの金がかかりそうな店に案内されたのだ。
キラキラとガラスが輝くその店は、どう見てもタダ飯を食わせてくれるような店には思えない。
「本当にここのなのか?」
「まあまあ。席に着けばわかります。」
堂々と店に入るその様は我が娘とは思えぬほど美しく可憐で、無意識のうちに俺らはツキヤを目で追っていた。
いや、別に惚れたとかじゃないよ? 違うけどさ、ただ成長したなって。
つい最近まで身長も100そこらのお子様だったのに、初めて大人の女性っていうのを感じて少し感動した。
けれどそんな感動にゆっくりと浸る暇なく、ツキヤに続いて店に入る。
「石兎樹いしとぎの紹介で来た者です。パスタコースにアイアンハートのカクテルを2人、レモネードを私につけてくれる?」
アイアンハート。
シークスは気付いてないようだがそんなカクテル聞いたことがないぞ。というか、そんな酒存在するのか?ここならではの酒なんだろうか。
いや待て。普通、受付でこんなこと言わない。コースはともかく、飲み物は席についてからが基本だ。もしかしてここは……。
色々考えを巡らせていると、スタッフは「畏まりました」と一言述べ、俺たちを案内した。
一般席を通り、奥の空間へ向かう。
一番奥にあったvipルームに入ると案内していたスタッフが赤緑黄と三色唱えた。
するとvipルームの壁の一面が隠し扉となっていたらしく、地下へと進む階段が現れた。
なんとなくわかってきた。やっぱりアイアンハートは架空のカクテルか。
アイアンハートと、おそらくパスタコースが今向かっている奥の部屋への暗号だろうか。
石兎樹は組長のことを指すのだろう。おそらくここは、ヒーロー資格援助組合の系列店かそういう感じの店なのではないだろうか。
それなら、信頼できる。
ここまできたら流石のシークスでも分かるだろうと思って、ちらっと横を見ると額に汗かいて目も泳ぎ動揺しているのが丸わかりなシークスがいた。
いや、ツキヤが連れてきたんだから安全ではあるだろ。
てか、もし仮に敵地だとしてもそんなに動揺を見せたら良くないだろ…。
もしや、こいつたいして頭良くないのか。まあ、スラム育ちってのもあるだろうけど勿体ねえな。
戦闘センスと勘はいいのに。
今更ながら思うが、
(面白いなこいつ。)
ここで緊張しても仕方ないので、シークスに声をかけこそっ俺の推察を教える。
そんなことがあるのかと、驚きが隠せないのか目を見開き耳ピンッと立たせる。
[隠せ隠せ、一応ここ人国なんだぞ。]
[わ、わかっている!]
2人でわちゃわちゃしてる間にどうやら目的地に着いたようで、スタッフがこちらに一礼しドアを開けてくれた。
中に入ると完全個室。盗聴盗撮の可能性なし。スタッフはこちら側で安心していろんな話ができる。
なんか、堂々と一つだけカメラが置いてあるけど電源入ってないし盗撮にしては潔すぎるしおそらくそいういう仕様なんだろう。
スタッフを呼ぶ時は手元にあるトランシーバーを使って行うようだ。
部屋の中は、赤とゴールドを基調とした華やかな空間で煌びやかだ。一言でいうと眩しい。
こんな部屋に来たのは本当に久しぶりだ。
ちょうどいい。家なんかと違ってよっぽど安全そうだしここでさっきのことも話してしまおう。
色々と考えていると、俺以外の2人は耳を立たせ楽な姿勢をとる。
流石にシークスのは気を抜きすぎだと思うけどな。完全に獣人になってるし。
「飯だ!なんでもいい、早く何か食おう。今日はタダ飯なんであろう。」
「その通りだ。久しいな、諸君ら。」
突然、何もない壁に映像が流れ始め聞き覚えのある声と見覚えのある顔がそこにはあった。
なんだか、急な安心感で溢れ、皆思わず笑顔になった。
彼がニカっと笑う姿は、緊張した日常の中にいた俺らに安らぎをあたえた。
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