悪魔ちゃんは成長中!! 〜人生ならぬ悪魔生、精一杯謳歌してみせます!〜

@taeki

第1話

「あんたのを産んだせいで私は不幸になったのよ! あんたさえいなければ!!」


 そんな罵声と共に、左頬に鋭い痛みが走った。母はまるで仇を見るかのような目で私を睨んでいる。


 また始まった。

 母は何が自分にとって都合が悪いことをがあると、全部私のせいにして被害者面をするのだ。そして悪者を退治するかのように私に暴力を振るう。


 可哀想な自分に酔って、理不尽に責め立ててくる母。

 そんなに私が嫌いなら放っておいてくれればいいのに、この人はそうしない。私が自分の意思に従って生きることを許せないからなのだろう。やることなすこと全てに干渉してくる。私の将来を壊すことに躍起になっていた。

 図書館で勉強してきたときは無理やり連れ戻された。行きたい大学の奨学金について調べていたことがバレた日は頭から真水を浴びせられた。

 母に内緒にしていたバイトを勝手に辞めさせられていたときは本当に気持ち悪いと思った。


「……はあ、不愉快だわ。そこで突っ立ってる暇があるなら買い出しぐらい行ったらどうなの?」


 何を言ってるんだろう。

 私だって好きで母さんと顔を突き合わせてるわけじゃない。前にそうしようとして殴られたから、あなたが立ち去るのを待ってただけ。


「……ごめんなさい。行ってきます」

「あんたって言われないと何にもできないのね。もっとあんたの頭の出来が良かったら、こんなに苦労せずに済んだのに」

 母のわざとらしい呟きを背に、私は家を出た。


 土曜日ということもあってか、近くのデパートは人でごった返していた。手を繋いだ親子や3人組の女子高生、知り合いとの会話を楽しむ主婦たち。


「楽しそうね……」


 それはもう、腹が立つほど。




 小さい頃から、人の笑顔が嫌いだった。


 幸せそうにしている人を見ていると、どうしようもないほどの劣等感が湧いてくる。幸せじゃない自分を馬鹿にされているように感じてしまうのだ。


 きっとここにいる人たちの大多数は、笑ったことを理由に殴られたことなんてないのだろう。喜ぶなと怒鳴られたり、幸せそうな顔をするなと蹴られたりすることもなかったはずだ。

 生まれた環境が違ったら、私も彼らと同じように笑えてたのかな。

 人は、周りから幸せになることを望まれたらどんな気持ちになるものなのだろうか。

 どんなに知りたいと思ったって、私には一生分からないことだ。


 家族から愛されることが当たり前なら、その当たり前すら手に入らない私は一体何なのだろうか。


「……何考えてるんだろ。さっさと会計済まさなきゃ」 

 レジに並んで会計を終わらせた私は重い足取りで帰路についた。道行く人たちに心の中で中指を立てながら歩く。


 この世界にいる人全員、私より不幸になってしまえ。

 そんなことを願ってしまう自分に、もはや呆れるしかない。

 どんどん性格が捻くれてきているという自覚はあるが、自分ではどうしようもないのだ。何せ優しくあろうと思えるだけの余裕がない。

 可哀想な人を見ているときだけ、心が安らいで穏やかな気持ちになるのだ。

 我ながら最低である。

 あの毒親から自立できれば、少しは心が軽くなるのだろうか。


 そんなことを考えながら、交差点の横断歩道を渡ろうとした瞬間だった。

 突然真横からクラクションの音が聞こえたのと同時に息もできないほどの強い衝撃が私を襲う。私の体が宙に投げ出された直後、辺りには他の歩行者たちの悲鳴が響き渡った。

 服にべったりと着いた血を見て、ようやく自分が轢かれたのだと気がついた。


 頭からは血が吹き出していて、口の中は鉄の味がした。胸の辺りでは今まで感じたことのないような痛みが激しく主張している。


 どれくらい血を流せば人が死ぬのかはよくわからない。でも、自分は助からないのだという確信はあった。そして思ったのだ──。


 ──この人通りの多い交差点で死ねるのはある意味幸運なのかもしれない、と。

 先ほど悲鳴を上げた人たちは、今も恐怖で動けないでいる。そして、ひしゃげた体を動かしながら血を撒き散らしている私から目を逸らさないでいるのだ。

 彼らはきっと、この惨状を忘れられない。私の死に様は彼らの心の奥底にとどまり続けるだろう。


 なんて可哀想。ただ道を歩いていただけなのにこ・ん・な・も・の・見る羽目になるなんて。

 身体中が痛くて仕方ないし死ぬのは少し怖い。だけどこの人たちの心に傷を残せるのなら差し引きゼロだ。


「ぁ、は。……あはは……!」


 今、16年生きてきた中で一番気分が良い。あまりにも楽しくて、自慢の鉄仮面が歪んでしまったほどだ。


 強烈な眠気と共に重くなる瞼に素直に従い、私は自分の目を閉じた。

 そして二度と覚めることのない夢の世界に旅立った──。



 ──はずだった。


「……私、死んだはずじゃ?」


 事故にあった交差点で、私は再び目を覚ました。




◇◆◇◆◇◆◇




 日はとうに沈んだようで、街灯とパトカーの赤色灯が道を照らしている。横断歩道のある場所を警察が取り囲んでいた。

 私のことはガン無視で。


「あの……」


 声をかけてみてもやはり反応はない。

 まるで、私の声が聞こえていないみたい。

 どうにか彼らの視界に入るために動こうとした私は、あることに気がついた。


 あれ、体が痛くない。足なんて絶対折れてたし、動かしても何ともないのはおかしい。

 なんか、目線も低くない?いつもよりもずっと地面が近い気がする。

 困惑しながら体を見てみると、手も足も黒い毛に覆われている。


「私……もしかして人間じゃなくなってる?」


 嘘でしょ? そんなことある?


「け、警官さん! 本当に聞こえてないんですか!? ……だめだ。やっぱり反応ない」


 こうなったら、実力行使しかない。

 一番近くにいた警察官を肉球のついた前足で叩こうとした。

 しかし、何とその前足は警察の体をすり抜けてしまった。

 なんで!?


 死んだと思ったけど死んでないっぽくて? けど他の人に声が届かなくて? なんでかと思ったら人間じゃなくなってて? 何かの動物になったのかと思ったら人をすり抜けてる?

 は? は? 意味わかんない

 ものを通り抜けるなんことができる動物なんて知らないんだけど。


 恐る恐る近くにあった鏡の前に立つと、猫に似た姿をした自分が映っていた。普通の猫と違うのは背中に蝙蝠のような羽が生えていることと半透明なこと。よく見れば耳の近くに小さな角があり、尻尾も二つに分かれている。

 これじゃあまるで……。


「まるで、悪魔みたい」


 自分で口に出してみると、驚くほどしっくりきた。

 そっか、悪魔か……。

 悪魔とは人を堕落させ不幸に引きずりこむとされている架空の存在だ。仮に私がその悪魔になったのだとしたら。


「やっばい……最高かも」


 未だ暗い空とは反対に、私の心は明るかった。

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