第六十六話 幕開け

夕暮れ時、私は学校から自宅に帰ってきた


もう十一月

あと五か月後には周平くんたちのいる北海道に私も移住する


早千江のSNSで、北海道での生活の大まかな内容は知らされている


二人の勤務先も知らされている


三人で暮らすためのアパートも既に準備されてて

後は私が加わるだけ


心が躍りだしそうになる


やっと私も好きな人たちのそばに居れる

そうウキウキしながら自宅まであと数十メートル・・・


その時突然、中年女性に声を掛けられた

「三浦朱音さん?」


振り返るとそこに見慣れない中年女性が立っていた

「はい?」

「どなたですか?」


「私は小澤早千江の母です」


周平くんたちのお母さん?

それがどうして私の自宅近くに・・・?

「いったい何の用ですか」

二人の連絡先を教えろっていうのかな?

そんなの教えられないけど・・・


「あなたなら早千江に連絡が取れるかと思って・・・」

「お願いを言いに」


「いったい・・・」

あからさまに警戒する


「いえ・・・あの子たちのことは判ってます」

「だから許すと伝えて欲しいの」


「えっ?」

それって・・・

もはや切り離すことなど不可能な二人の関係を認めてもらえたってこと?

私は嬉しくなって全くの無警戒に早千江の母親に近づいてしまった


母親よりも手前の路地の陰を警戒しないまま

一瞬・・・早千江の母親の左口角が少しゆがんだように見えた・・・


そう思った・・・その刹那

路地から背後に近づく父親に羽交い絞めにされ口にハンカチが押し当てられる

私の視界の中、母親の顔が歪んでくるくる回り始め、すぐに急に暗転しなにも判らなくなった









俺の腕の中で三浦朱音は気を失った


そのぐったりする体を路地の車に押し込む


周囲を見回して誰にも見られていないことを確認する


この時、この場所を見渡せる家の二階の窓のカーテンがほんの少し揺らいだことに俺は気づかなかった


ましてその家が、この女の顔見知りの家族が住む家だとは・・・


当然、そんなことなど知らない俺は目撃者などいないと安心しきっていた


車に乗り込み、気を失っている女の上着を脱がせると

俺はすぐに『クスリ』の注射を一本打つ

そのまますぐに車を走らせ用意したアパートに酔っぱらった娘を介抱する親のふりして運び込む


運び込むとすぐにまた『クスリ』の注射をもう一本・・・もう一本・・・もう一本と連続して打つ


ネット情報では五本ぐらい打つと意識と記憶が混濁して都合のいいような幻覚が見えるらしい

結局全部で六本打つ


そのまま様子を見ていると女は目を覚ました

そのままうつろなまなざしで回りを見回している・・・

そして俺を見ると女はこうつぶやいた

「周平くん?」


~~~~~~~~~

次回は「悲劇の入り口」です

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