第2話 修羅中覇者・鬼姫

お昼休みの気配がし始めた古典の授業中に、朗読される古い言葉が、ぼくを深い眠りに誘った。


それは夢の中なのか現実なのか解らない境界線で、誰かの声がした。


『我が水の神よ。我に横暴な行いをしようとする公僕を撃滅する為の勝利の翼を、与え給え!』


その声の主が、部活の愛衣めい先輩だと気付いたぼくは、すぐに目を覚まし、カメラを構え、廊下側の窓を開けた。


開けるとすぐに、体育教師の山さんの姿が、視線に入った。

山さんの視線の向こうには、愛衣めい先輩がいるはずだ。

ぼくは窓から身体を乗り出して、愛衣めい先輩の姿を撮った。


中2にして美人系のスラリとした立ち姿は、やっぱり美しい。

そして中2にして、修羅中学覇者!


「おい!鬼姫!まだ授業時間は終わってないだろうが!何、廊下をウロウロ歩いてんだ!」


体育教師の山さんの声が廊下に響いた。

日体大出身なだけあって、気合と運動神経はずば抜けている。


そして、鬼姫とは愛衣めい先輩の、通り名だ。


「山さん如きに、わたしのチーズクリームパンを食べる権利を侵害する権利などない!」

「そうじゃなくて!授業を抜け出すなって言ってんだ!」


山さんは、めっちゃ正論だ。

ただ購買のチーズクリームパンは、早く買わないとすぐ売り切れてしまう人気商品なのだ。


「山さん如きが、正論言ってんじゃねーよ!」


愛衣めい先輩の透き通った声が、廊下に響き、その声に、他の教室の生徒たちも、廊下に出てきた。


「戻りなさい」授業中の教師の声があちこちの教室から上がったが、生徒たちはすでに熱狂し始めた観客と化していた。


山さんは、愛衣めい先輩の行く手を阻み、取り押さえようとするが、愛衣先輩は素早く躱した。


この身のこなし!


愛衣先輩は、水神翼琉拳すいじんよくりゅうけんの継承者。

生まれた時から、かなりいってる両親に格闘家として育てられて来たのだ。

そのフワリと躱す動きは、まるで本当に翼があるかのような動きだ。


対して山さんは、日体大出身とは言え、格闘技は素人。

だが、体力的には山さんが上だろう。


それでも嘲笑うかのように躱し続ける愛衣先輩に、山さんはイラつきだし、

「いい加減にしろよ!」


その言葉に、愛衣めい先輩は微笑み、

水神翼琉拳すいじんよくりゅうけん!」

と誰にも聞こえない声で囁いたのが、ぼくには解った。

そう叫ぶのが恥ずかしい年頃なのだ。


その声の後に愛衣先輩に隙が出来たのを、山さんは見逃さなかった。

格闘家とは言え中2女子、力で抑え込めば、山さんにも勝機はある。


山さんがその隙に着け込んだ瞬間、愛衣先輩の長く美しい足が、鞭のように山さんの頭に当たった。


その隙は罠だったのだ。

山さんは足がふらつき、廊下に膝をついてしまった。


「「「「おおおおおおお!」」」」

廊下に歓声が響いた。


「山田先生!」

古典の中村先生が駆け寄って来たが、山さんは

「鬼姫・・・効かぬ・・効かぬのだ!」

と叫んだ。


「山さん、往生際が悪い。教師としてどうなの?」

愛衣先輩は微笑み、山さんは廊下に出てきた生徒たちの目を意識した。


「・・・」

「直撃は避けたのは、さすが山さん、じゃそう言う事で♪」


愛衣先輩は、ぼくに『動画撮れた?』と目で確認した。

ぼくが頷くと、愛衣先輩はぼくの肩をぽんぽんと叩くと、購買の方へ歩いて行った。


愛衣先輩に触れられ、自分も強くなったような気持になった。

愛衣先輩に触れられたぼくに、男子の視線が鋭く刺さっている気がしたが、何事もなかったかのように、ぼくは席に戻った。


「みんな授業に戻って!」

教師たちの声が響き、愛衣先輩以外は、みんな教室へ戻って行った。


この戦いで、修羅中学校で勝つことの重要性を、山さんは強く感じ、心に闘志を燃やしたという。


ぼくはこんな修羅な中学で、あの鬼姫・愛衣先輩のいる動画配信部に入ってしまったのだ。


なんてこった・・・



つづく

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