ずっと前から
どうして、今私はこの人と一緒にお昼を共にしているのだろうか。
そんな自問自答に陥るが、これは私の選択なのだから仕方がない。
「...」
「...」
互いに何も話さずにただ時間が過ぎていくこの空間に少々居心地の悪さを感じてしまう。
「今日はどうされたのですか?」
ついには、自分から話を始めることにした。
「なに、指輪にちょっとお願いごとがあってな」
「...お願いですか」
「簡単なことだよ」
そんなことは今はどうでもいい。
それよりも、朝比奈くんは一体どうしてしまったのだろうか。
自然に呼び捨てをされてしまった。いつもはさん付けなのに。
朝の騒動を聞いた時から、いつもとは違う何かがあるとは思っていたけれど、お昼のお誘いをされるわ、呼び捨てにされてるわで情報が落ち着かない。
だが、それよりも大きな情報を私は正面から喰らうことになる。
「俺と友達になってくれない?」
「...友達ですか」
「そうそう」
「...はい!?」
私は気づかないうちに、大きな声を出していた。
良かったことは、ここが屋上であり、辺りに人がいなかったことだろう。
ってそれどころではない。
「コホンッ。私と友達、ですか?」
「どう?なってくれるかな?」
彼が私の顔を覗き込んでくる。
一瞬ドキッとしてしまった。
「えっと、どうして私なのでしょうか?」
「んー、友達になるのに理由とかいるかな?」
「えっと、それは...」
質問を質問で返すのは卑怯というものだろう。
どう言葉を紡ごうか迷ってしまう。
「俺はね、ただ単純に指輪と関わりたいと思っただけなんだ。だから、そんなに警戒せずにいてくれると嬉しいかな」
「...」
今の言葉は、彼の本当の気持ちなのだろう。
今まで誰とも関わろうとせず、特に私を避けていたはずの彼がそんなことを言うとは、今も信じがたい事実ではあるが。
「分かりました。友達になりましょう。今までの諦めていた考えを変えてくれたあなたと」
「そういうのはちょっとズルじゃないか?」
「ちょっとしたお返しです」
ずっと見てきた私だからよく分かる。
彼は今までの自分から変わることができたのだろう。
そんな彼と一緒に居れば、私もいつかは変わることができるのだろうか。
♢
彼は覚えていないでしょうけど、私と朝比奈くんは昔一度会っている。
まだ、私が十歳の時。人生が一転し、価値観が覆った瞬間だった。
Sランクのタイトル。<全知全能なる者>を手に入れたことで、それまで惨めに生きてきた過去が嘘だったかのように、世界が明るく照らされた。
だが、その光は私には眩し過ぎた。
強大な力を有した故に、周りからの期待が募っていった。
それまで見捨てられてきた私に戻りたくなくて、期待に応えられるよう努力してきた。
そんな生活が続いた中、高校入学に差し掛かった。
丁度、私が期待に押し潰されそうになって、日々の生活が辛くなってきた時...。
「どうすればいいの?」
そんなことを一人でに呟きながら歩いていると、学校の正門に来ていた。
ドンッ
「いてっ」
「あ、すみません」
考え事をしていた私は男の人とぶつかってしまった。
すぐに誤ったが、簡単には引いてくれず、ちょっとした口論になってしまった。
「てめーよ!いい加減にしろ!」
「——ッ!」
いきなり殴りかかられてしまい、反応が遅れてしまった私は、タイトルを使う暇もなく、拳を受け止める覚悟でいた。
しかし、一切の衝撃が来なかった。
「え...」
「おいおい、女の子に暴力を振るおうとするなって」
私を助けてくれた人物こそ、朝比奈くんだった。
私に飛んできていた拳を手のひらで掴んでいた。
その後、男の人は何度も殴りかかってきたが、朝比奈くんは軽くあしらっていく。
結局男の人は諦めてどこかへ逃げていった。
「えっと、大丈夫?」
「は、はい」
「えっと、その制服にそのタグってことは同じこの学校の新入生かな?」
「そうです」
「そっか。入学式の会場はあっちだから。気をつけてね...。えっと、“ゆびわ つき“さん?」
「い、いや。ゆびわじゃなくて、“さしわ”って言います。下は”るな“です」
「おっと、それはごめん。指輪 月さんね。それじゃあ」
そう言って、彼は入学式の会場とは逆の方向へと向かってしまった。
私はSランクのタイトルを手に入れてから、自分の名前が苦手になっていた。
私の名前を誰が見ても、全員が私に萎縮し、期待を寄せるようになる。
だが、彼は違った。私の名前を知らなかった。
相手の力や立場に左右されず、私の名前を呼んでくれた。
それまで、苦しかった時間が報われたような気がした。
それが、朝比奈くんと私の最初の出会いだった。
♢
放課後にもなると、朝の騒動の話が学校中へ広まっていた。
教師から何か言われることはなかったが、生徒たちからの視線や話声だけで満腹だった。
「自分でやったこととはいえ、ちょっとやりすぎたかな?」
ただ、どいつもこいつも俺が不良集団をボコったのには裏があると思っているらしい。
どうせ卑怯な手を使ったんだって噂ばかりだ。
別にこれといって何かをしたわけでもないのだが。朝比奈家では、幼少期からタイトル保持のために色々な経験をさせられる。その一環で武術を多少習っていただけなのだが。
それでも一流の教えを説いてもらったお陰で、あいつらをボコれたわけであった。
「しょうがないですね。朝比奈くんが今まで放っておいたせいですから」
隣から呆れた声で正論を飛ばされた。
飛ばしてきたのは、つい先ほどお友達になったばかりの指輪だった。
「それにしても、どうしたんですか?こんな急に態度を変え始めるなんて。今までは何をされてもそのまま。私のことだって避けていたのに」
「避けていたのは、別に関わりたくないとかじゃなくて、目立ちたくなかっただけだから...」
「それって一緒じゃありません?」
「...」
言葉って難しいな。
とほほ。
「まぁ、いいたいことは分かりますけどね。それで、どうしてなんでですか?」
「う~ん」
どうするか。本当のことを言うべきか。嘘をつくのか。
不思議なタイトルを獲得したいからなんて言えば、すぐに友達を辞められてもおかしくはない。
だが、それらを隠したままだというのも...。せっかく友達になってくれた人物だ。あまり嘘は言いたくない。
「そうだな、ゆっくり話したいからちょっと場所を移そうか」
俺たちは学校を出て、先日俺が飲もうとしていたカフェに行くことになった。
そこで先日飲み損ねたコーヒーを注文し、堪能した。
「コーヒー好きなんですか?」
「あぁ、昔は嫌いだったんだけど、知り合いが淹れてくれたコーヒーを境にな」
「そうなんですね。私も好きなので嬉しいです」
談笑していると、周りからの視線が刺さって来た。
そりゃそうだよな。指輪って美女だからなー。分かってはいたけど、近くで見るとよりすごいな...。
「どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもない」
見惚れていたなんて言える訳がない。
もしかしたら、本当に俺が指輪に惚れてしまうかもな。
「それじゃあ、話してもらおうかしら」
コーヒーカップを置いた指輪がこちらに話してと言わせるように手のひらをこちらに向けてくる。
「ふぅ...」
俺はゆっくりと落ち着いて話していった。
俺が今まで秘密にしてきたこと。話したとしても、紗枝さんだけにしか話したことがないこと。
まず最初に俺は、自身の異質なタイトルのことについて説明した。
<器用貧乏>がもたらした力の影響によって俺が今までどうやって過ごしてきたかを話した。
今まで誰にもいってこなかったことを話し始めて数日の人に話している。
自分でも驚きだ。
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