再認識の再出発

 俺は彼女に言えるだけの情報を伝えた。

 ただ一つの情報を除いて。


「そんなタイトルを持っていたなんて...」


 彼女は俺の空想のような話を信じようとゆっくり噛み砕いていった。


「信じてくれるのか?」

「えぇ、なんでもありの世界だもの。そういったこともあり得るのでしょうね」


 指輪は俺の話を信じてくれた。


「このタイトルが世間から認められたことなんてなかった。だから、俺は静かに生きる道を。タイトルを集めて、自身が楽しめる人生を送れればいいと思っていた」

「思っていた...」

「そう、昨日までそれが俺の在り方だと信じていたんだ。だけど、それじゃダメだった。その考えは自己中心のただのエゴってことに気づいたんだ」


 紗枝さんを長い間、心配させ続けた。

 真昼にまで俺の誹謗を背負わせてた。

 俺の生き方が俺を大事にしてくれた者たちを苦しめていることに気が付いた。

 いや、気づいていたはずだったんだ。俺はそれを見て見ないふりをしていたんだ。

 俺は自身の中にある気持ちを外に出すことが怖くて、なにもかもを閉じ込めて来たんだ。

 この数日、指輪を見て俺も頑張ろうと思えた。一人泣いているような少女が世界を救うために戦っているんだ。

 周りの人たちさえ救えない俺は、本当にただの器用貧乏になってしまう。もう、誰にも俺を否定させない。そのために俺はタイトルを集めを始めたのにも関わらず。


「だから、俺も指輪みたいになろうと思って」

「私ですか?」

「そう、強くなろうと思った。何にも負けないような」


 だから、その第一歩として俺は今まで黙ってやられてきたイジメ集団を返り撃ちにし、指輪と友達になった。

 俺はそんな一部始終を指輪に話していった。

 彼女と接しようと考えた最初の理由がタイトル関連だということを秘密にして。

 <完璧彼氏>については未だ未知な存在であり、獲得条件を言うのも少々憚られる。

 彼女には悪いが、今はまだ話さないことの方がいいだろう。


「そうですか。私も朝比奈くんの噂を耳にしていたので、心配していたんです。でも、ちゃんと進めているようでよかったです」


 だが、ここまで話した内容は全て本心だ。

 指輪と友達になりたい。この気持ちは嘘でもなんでもない。

 だからこそ、彼女に黙っているこの事実が余計に心苦しい。

 自分で隠しておいて俺は何を言っているのだろうか。

 その後俺たちは友達として話合い、コーヒーを飲み終わると、それぞれの帰路へと別れることになった。


「それじゃあ、またな」

「はい、それでは」


 気持ちを切り替えたのはいいもののやはり隠し事をしていることに罪悪感を感じてしまう。

 これでは結局今まで通り、<器用貧乏>という力を隠していた時と変わらないのではないのかと思ってしまう。


「——朝比奈くん!」

「ん?」


 後ろからの呼び声に振り返ると、指輪がこちらに手を振っていた。


「明日もお昼ご一緒しましょう!」

「...。あぁ!」


 それでも、昨日までの自分では考えられない光景が俺の目には写り続けられている。

 これが何よりも自分が変わったことを指し示してくれていた。



 ♢



 家へ帰ると、すぐさま多くの者から奇異の目が飛んできた。

 さすがに多くの高ランクタイトル保持者たちを輩出してきた家なだけあって、情報は早いらしい。

 この様子だとなにかありそうだな。


「夕人様」

「紗枝さん。どうかした?」

「旦那様がお呼びだそうです」

「...」

「一体何をしでかしたのですか?」

「いや、ちょ~っと乱闘試合になっただけだけど?」

「...今まで何もなかった者がそんなことしたら、こうもなります」


 呼び出しね。父さんと会うのはいつぶりだろうか。


「分かった。一人で行けるから、紗枝さんは夕飯の準備でもしておいて」

「はい。かしこまりました」


 俺の家は少々特殊で、多くのタイトル保持者を輩出してきた。しかも、全員がBやAランクといった高ランクのタイトルばかりだ。

 そのため、このタイトル至上主義の世界ではそれなりの強さと権限を有している。

 お陰で今時珍しい使用人を多く雇っている大豪邸に住めているわけだが、俺はその家門の中でも異端。

 唯一高ランクのタイトルを保持できない者となった。

 ま、実際は色々と持っているんだけど...。

 俺が歩いていくと、廊下の最奥にある最後の扉の前にたどり着いた。

 ここが父さん、現朝比奈家当主の執務室だ。


 コンコン


「失礼します。召集の命により、参上いたしました」

「...入れ」


 低く、重たいと感じる声が部屋の中から響いてくる。

 俺は言われた通り中へ入ると、机に向かって座った男がカタカタとキーボードを叩き続けている。

 朝比奈 朔太郎さくたろう。もとは化物との戦いの最前線を切り開いていた人物。今は怪我によって戦場から退き、主に後方支援を行っているらしい。

 

 パチンッ


 一通り終わったのか最後に音のいいエンターを押すと、机から立ち上がり、来客用のソファとローテーブルに座り、葉巻を手に取る。


「座れ」


 こう見ると、俺の父はかなり貫禄があるように思える。

 父さんが座った席の向かい側に座ると、一息ついた父さんが口を開ける。


「今日は学校でひと悶着あったらしいな」

「はい」

「一体どうしたんだ?どういう風の吹き回しだ」

「...今までの俺には持たなければならないものが二つありました。世間体と大事なものが。でも、最近大事なものが増えてしまって、片手では持ちきれなくなってしまったんです。俺は器用貧乏ですから、それぞれバランスよく持っていた方が良かったでしょう。それでも、両手で持つ価値があるものを手に入れたのです」

「...なるほどな。お前の言いたいことはよく分かった」


 言いたいこと、伝えたいことは話してみた。さて、なんと言われることか。

 今まで静かに生活していた息子が急にこんなことを言い始めたんだ。何かしらきつく言われてもおかしくはない。

 そんな風に考え、少々身構える。

 父さんは、また大きく煙を吸い上げ、ゆっくりと吐き出す。

 まだ半分以上残っている葉巻を灰皿に先を押し付け、確実に火種を消し終わると、姿勢を正し、こちらを見直す。

 父さんは俺を高ランクのタイトルを一つも持っていない能無し、器用貧乏だと罵る連中を擁護している側の人間だということは周知の事実。

 そんな男が、俺が今からそんな連中に逆らい始めると宣言したのだ。なにかしら朝比奈家としての制限を掛けられても仕方がない。

 普通なら。


「お前には迷惑ばかりかけさせるな...」

「いえ、そんなことは。父さんが支えてくれなければ、ここまで生きてこれませんでしたよ」

「俺も何かしてやれればいいのだがな」

「その気遣いだけで十分ですよ」


 確かに、父さんは俺を攻撃する側の人間だが、それは俺を守るためにあえてしてやってる行動だ。

 父さんは俺が高ランクのタイトルを手に入れることはできないと思っているが、だからといって息子を捨てるような人ではなかった。

 父さんはBランクより上のタイトルを手に入れてはいないが、それでも己の体を鍛え、タイトルへの理解を深めることで、今まで前線で戦い続けた人だ。

 それでいえば、父さんも俺と同じような境遇で育ったのだろう。


「本当に、不甲斐ない親ですまない!」


 バァン!!


 大きな音が部屋に響き渡る。父さんは謝りながら頭を思い切り下げると、ローテーブルへと頭を強打し、テーブルを完全に壊してしまった。


「だから、家から出てくとか言わないでくれよ~」

「そ、そんなことしませんって」


 ついに、父さんは泣き始めてしまった。普段の仕事人間の時には想像もできないような気の弱い人物。それが、父さんの本当の姿だった。

 さっきまでの貫禄は?

 まぁ、俺のことを心配してくれているお陰だということはすごい伝わってきたけど...。

 やっぱり俺は恵まれてるな。そう改めて実感した。

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