思いはすでにここに
俺が真昼と紗枝さんと話をしていると、いきなり病室の扉が開かれ、ある人物が入ってきた。
そう、俺をこんなところに閉じ込めた張本人だ。
「朝比奈さん。大丈夫ですか...っと、すみません。先客がいたんですね」
そこには、指輪 月が立っていた。
「あぁ、別に大丈夫だよ。えっと、それで指輪さんはどうしてここに?」
「それは、さっきの話の続きをしようとしまして...あれ、真昼ちゃん?」
「え?」
「ご無沙汰してます。指輪先輩」
「え、二人って知り合いだったの?」
「はい、中学の時に同じ部活に入ってましたから」
なんてこった。まさか、妹が指輪と顔見知りだったとは。
「そうなの!指輪先輩は剣道部のトップで、何度も稽古をつけてくれたの!」
「そんな、大袈裟です」
「大袈裟じゃありませんよ。本当に、先輩は私の憧れです」
「...あはは、そう言ってもらえると嬉しいです」
なんだか今、一瞬だけ、指輪の顔が曇った気がした。
「まさかそんな繋がりがあったとはな」
「お兄、先輩の話は結構有名だと思うんだけど?先輩に対して失礼だよ!」
「すみません。俺はそういった情報に疎いから」
なんやかんや、そんな縁によって、色々と世間話を続け、結局何事もなく俺は家へと帰ることになった。
「そういえば、指輪先輩はお兄に話があったんじゃないの?」
「いや、また別の機会でいいって」
「ふ~ん。てか、お兄も先輩と知り合いだったんだね」
「いや、俺は今日話したばかりだけど?」
「え!ほんとに?」
「俺の記憶が正しければ」
昨日の放課後に鉢合わせたあれは、カウントされないだろうし、事務的な内容ではなく、世間話をしたのは今日が初めてだろう。
「へー、そうなんだ」
「うん、そうなんだ」
ほんと、これからどうするか。こうやって面識を得てしまった以上、これから関わっていくべきか。
昨日の泣いていた姿と、今日の屋上でのウィンドウのせいで、頭の中の整理が全くつかない。
「それよりも、俺はお前たちが知り合いだったことに驚いたよ」
「まぁ、とは言っても。ただの同じ部活での先輩ってだけで、特にこれといって親しいわけじゃないけどね」
その割には、指輪は真昼のことをちゃんづけしてたけど。
女の子ってそんなものなのか。
俺が家へ帰ると、直接ではないが、小言をいくつか耳にした。
この家では、俺よりも従者の方が位が高いらしく、色々と好き勝手言われることは日常茶飯事だ。
「まったく。大人しく過ごすこともできないの?」
「ただでさえ、低いランクの人間なんですから、人様に迷惑をかけないようしてください」
何かと言われたが、その度に真昼が俺を庇ってくれた。
「お兄様のことをあまり悪く言わないでくださいね^ ^」
「は、はい。申し訳ありません」
怖っ。俺のことを庇ってくれてるのは嬉しいんだけど、背筋が冷たいよ。
「じゃ、じゃあまたな。真昼」
「はい、お兄様」
俺は真昼とは別れ、自室へと入る。
「相変わらずの猫ですね」
「ほんと、人前に出ると大人になったなって実感するよ」
俺にだけ見せてくれるあの可愛い妹像。他人には絶対強者を漂わせる姿。
流石としか言いようがないな。
「それでは、私もこれで...」
「いや、紗枝さんには少し相談を聞いてもらいたいんだ」
「相談、ですか」
普段俺からこういったことを言うことは多くない。
だからこそ、紗枝さんは少し真剣な表情へと変わる。
「まぁ、そんなに重たい話じゃないよ。ただ、人生の先輩としての相談相手になってもらいたいんだ」
「...春が来たのですね」
「春?そりゃもう四月も半ばになってきた...もしかして、春ってそっちの意味?」
「違うのですか?」
「違うよ。...絶対とは言えないようだけど」
俺は紗枝さんに昨日と今日の話をした。
指輪が泣いていたこと。指輪に表示されたウィンドウのこと。
この話を紗枝さんにしたのは、もちろん頼りになるからなんだけど、もっと大事な事情がある。
俺に関する情報を多く持っている真昼でさえ知らないこと。俺が保持しているタイトル、<器用貧乏>について知っているのは紗枝さんだけだ。
だから、この相談は紗枝さんにしかできない。
「どう思う?」
「...率直に申し上げますね」
「うん」
「どうでもいいかと」
「どうでもいい?」
まさかそんな答えが来るとは。
予想外のことに動揺が隠し切れない。彼女なら、もっと深く考えてくれると思ったのだが。
「少し雑に答えてしまいましたね。説明すると、この問題は私には解決できません。だから、どうでもいいと言ったんです」
「というと?」
「これは夕人様が決めなければなりません」
「それを困っているのだが」
「いいえ、そんなことはないでしょう?」
「え...」
「もうすでに、どうするかはあなた様の心の中にあると思いますよ」
俺の心の、中?
俺は一瞬だけ、これからのことを考えてみた。
その時、俺が見た未来は...。
「確かに、どうでもよかったな...」
「ふふ。では、私はこれで」
紗枝さんが笑っているところを久しぶりに見た気がした。
それもそうだろう。俺は今の状況に甘んじて、立ち止まったままだったんだ。
「俺には<器用貧乏>がお似合いだな」
改めて、自身に付けられたタイトルを見て、そう思った。
♢
土日を挟み、月曜日に学校へ行くと、案の定俺を捕まえることのできなかったイジメ集団がこちらを見ていた。
おそらく、このままだと今日も俺はあいつらと鬼ごっこをしないといけない羽目になりそうだ。
早速、向こうからこちらにアクションがあった。
「おい、器用貧乏。お前、よくも前は逃げてくれたな」
「お陰で、俺たちの貴重な一日が無駄になったじゃねえか」
いや、勝手に人を追い回していた奴らが何を言ってるんだよ。
こちとら貴重な授業の時間を削ったんだぞ?
「まぁ、いいさ。それよりも、前の教室でのことを聞かせろよ」
「そうだ、俺たちにも透明人間になれる方法を教えろよ」
「器用貧乏にできたんだ。俺たちにもできるだろ」
なんか、俺が透明人間になってるんだけど?
ただ気配を誰にも気づかれないほど小さくしただけなんだが?
あれは、最初から存在を認知している者、よく細かいところまで気を巡らせている者だけが気づけるようになるだけのタイトルだ。
「悪いが、透明人間になる方法は教えられない。だって、俺はそんなことしてないから」
「うそつけっ!」
「隠しても無駄だぞ。正直に話したら、逃げたことは忘れてやる」
忘れて何かあるのか?脳のキャパシティでも必要なのか?
その考えることをしない頭に。
「...はぁ」
これから変わるんだろ!
俺は、いつまでこの世界を楽しむつもりだ?
いい加減、前を見ろ!
「どけ」
「あぁ?」
「今、お前なんつった?」
「聞こえなかったか?どけって言ったんだ」
「調子に乗ってんじゃねぇよ!」
なんとも典型的だ。
バカであほでマヌケなモブキャラそっくり。
お前ら、ラノベとか漫画のモデルでもやってる?
「聞いてんのか!?」
やっとキレたのか、ついに俺に向かって拳が素早く伸びてくる。
だが、俺はそれを軽く体を振って避け、がら空きの体に数回の打撃を入れる。
「ふっ!」
「がっ?!」
ドサッ
男はその場に尻もちをつく。
「いてて...」
その様子を見て、他の連中は黙り込む。
だが、すぐに我に返ったように、次々と言葉を紡ぐ。
「器用貧乏がどうやって勝ったっていうんだ」
「そうだ、何か仕掛けがあるんだろ」
「透明人間になる方法と、その仕掛けについても教えろ」
などと、適当なことを抜かし始める。
現実で起きたことを仕掛けだのなんだの言うが、こいつらは本当にバカなのだろう。
この世界には、タイトルがあり、それを使っただけ。
俺が高ランクのタイトルを持っていないと信じ、現実から目を逸らす。
「なら、かかってこいよ」
軽く挑発すると、バカな連中はお構いなしに突っ込んできた。
全員を漏れなくボコした俺は、教室へ入るとクラスの中がざわつき始める。
もうこっちにも情報が流れているのか。
いくら校門前でしたとはいえ、まだ数分しか経っていない出来事が広まっているらしい。
まぁ、そんなのは関係ない。それよりも、今俺がするべきこと。
「指輪さん」
「はい、どうかされましたか?」
彼女もこの噂を知っているだろうに、至って普通の返事をしてくれた。
なんだか、それが想像していた指輪と同じ反応で、ちょっと嬉しくなった。
「俺と今日、一緒にお昼ご飯食べない?」
「...」
ここまで想像通り過ぎて、ちょっとおもしろく思えてきた。
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