Sランクの力

 彼女が保持しているタイトルは<全知全能なる者>。

 その名の通り、全てを知り、全ての力を持った者へと送られる称号である。

 その気になれば、世界を壊し、世界を創ることもできるとされる力だ。


「はぁぁぁ!!」


 指輪の手には、光鳴り響く剣が握られていた。

 俺は初めてみるが、あれが最強といわれるタイトルの力なのだろう。

 ゴーレムと指輪の持つ剣では、比にならないほどの大きさ、質量がある。普通なら、どんな攻撃も意味をなさないだろう。

 だが、彼女の出で立ちを見れば、一つの未来が確信できた。

 

「指輪が勝つな」


 ゴーレムは、こちらに凄まじい勢いで突進してくる。

 奴が一歩を出すたびに、辺りが大きく揺れ、ビルが崩れていく。

 そんな相手に、指輪は一切の動揺をせず、剣を上段へと構える。

 

「我が雷が前にひれ伏せ...。——<いかずち>」


 ピシャアァァ!!

 

 ゴーレムが腕を振りかぶり、殴ろうとした時、全てをききるような雷がゴーレムに落ちる。

 身体中にヒビが入り、体が崩れてしまいそうになるが、それでも奴の闘志は尽きていないらしい。

 ゴーレムがBランクとされる所以だ。奴の「心臓コア」を破壊するまでは、止まることはない。

 だが、破壊するには奴の土でできた厚い鎧を破らなければならない。


「さて、どうするのかな?」


 そんな他人事のように、俺はその場を見守っていた。

 奴の腕は指輪目掛けて豪速に跳んでくる。


「ふっ」

 

 指輪はそれを前転して避け、太い腕の上を素早く走る。

 腕を登り切ったところで、高く飛び上がる。ゴーレムの胸部へと、剣を突き立てる。


「せいっ!——<いかずち>!」


 バチバチバチ!!


 ゴーレムの内側から、青白い雷がとどろく。

 すると、ゴーレムはその後一切動かなくなった。


「これは、すごいな...」


 感嘆の言葉しか出てこない。

 爆発的な攻撃を直接ゴーレムの内側へと流し込みやがった。ちょっとだけ、ゴーレムの方が可哀想に思えてきた。

 一国を窮地に追いやるとされるBランクの化物ケモノを、彼女はたった二回の攻撃で完全に制圧してみせたのだ。


「ふぅ...」

「お疲れ様。さすがだね」


 一息ついている彼女の近くまで行き、俺はねぎらいの言葉を贈る。


「あなたは、まだ逃げていなかったの...。って、朝比奈さん?」

「やっぱり、俺だって気づいてなかったんだ」

「...はいこれ。ありがとうございました」

「え?い、いえ、どういたしまして...」


 俺だと分かると、指輪はいきなり、俺にブレザーを渡してきた。


「やっぱり、これは朝比奈さんのものでしたか」

「そ、そうだけど、よく分かったな。俺のだって」

「それの胸ポケットに学生証が入ってましたし、今現在、朝比奈さんはブレザーを着ていないでしょう?」

「なるほど...」


 さすがわ、全知の力を持つ者だ。洞察力というか、よく見ている。


「あと、丁度朝比奈さんに言っておきたいことが二つほど」

「二つも!?」


 俺ってなんかやらかしたっけ?


「一つ目。自身よりもランクの高い化物が目の前にいる場合は、すぐに逃げてください。私がいなかったら、もう少しでぺしゃんこでしたよ?」

「は、はい。すみませんでした」


 実は倒そうとしてましたなんて言えない。


「二つ目。昨日の放課後...」

「おーい!大丈夫ですか?!」


 遠くから、こちらに向かって声が届いてくる。

 どうやら、専門家しょりはんがやってきたようだ。


「よかった。目立った外傷はないようですね。念のため、病院へ搬送させていただきますね」

「...分かりました」


 ちら、と彼女の横を見れば、仕方ないと、一旦話を切ることにしたらしい。

 一体、何を言われるところだったのか。



 ♢



 なぜだか分からないが、何の怪我もしてないのに、なぜだか俺は病室のベッドで横になっている。


「なんで?」


 自分でも分からない。

 最初に、俺の苗字を見ればよそよそしくされたかと思えば、次に俺の名前を見れば態度がでかくなったかと思えば、指輪が何かを言った途端に恐ろしいものでも扱うかのようにこちらに通された。

 どうやらここの医者は立場関係をよく見ているようだ。

 指輪のやつめ、こすい手を使ってきたな。俺が逃げないよう仕向けてきた。


「はぁ、どうするか」


 勝手に逃げだすことも考えたが、扉の前に人の気配というか、話声がしていてどうも抜け出せる雰囲気ではない。

 となると、あとは窓くらいか。


「...飛び降りればいけるか?」


 俺はおもむろにベッドから立ち上がった。


「失礼しま——」

「あ」

「...一体何をしているのですか?」


 俺が窓の淵に足をのせた瞬間。

 病室の扉が開き、まさかの紗枝さんが入ってきた。


「な、なんでここに?!」

「まず、先に私の質問に答えてください。一体、何をしているのですか?」

「んっ」


 一回目もすごかったが、それよりも更に強い怒気をはらんだ言葉が俺に突き刺さる。


「い、いや、ただ外の空気を味わいたくて、景色がよかったから!」

「飛び降りようとしたんですか?」

「な、何を言っているんだ。そんなことするわけがないだろ」

「...そうですか」


 なんとか取り繕えたようだ。

 昔に何度か紗枝さんを怒らせたことがあるが...うん、二度と怒らせたくはないな。

 

「それよりも、どうして紗枝さんがここにいるの?」

「朝比奈家に連絡が入ったんですよ。夕人様が病院に運ばれている、と」

「なるほど~」


 あの医者め。どこにも連絡しなくていいと言っておいたのに!


「じゃ、じゃあ、紗枝さんは俺のことが心配で来てくれた——」

「——いいえ」


 ゴハッ。吐血した!今、俺の心が吐血した!


「私ではなく、妹君様が心配になられまして」

「え、真昼が?」

「はい。学校が終わった後、こちらに来られるそうですよ」

「はい!?」


 あいつがここに来る?


「ちょっと待て、今こんなところにいるところを見られたら——」

「もう手遅れかと」

「お兄ーーー!!!」

「げっ」

 

 廊下の方から、何やら騒がしい音が聞こえてくる。


 ガラララッ!


 勢いよく開けられたドアの前に立っていたのは、一人の少女だった。


「お兄!!」


 バッ


「ちょ、おい。こら、真昼」


 いきなり俺は、可愛い我が妹である、朝比奈あさひな 真昼まひるに抱き着かれることとなった。


「お兄、怪我とかしてない?大丈夫?生きてる?」

「怪我してない。大丈夫。生きてるよ」

「よかったー」

「とりあえず、一旦離れようか」


 今世代での朝比奈家有望株とされている。

 というか、今世代の朝比奈家には俺と真昼しかいないからな。言うまでもないだろう。

 器用貧乏なんか、真昼とは張り合うこともない。


「昼間の化物事件に巻き込まれたって聞いたけど?」

「あぁ、そうなんだよ。カフェでコーヒーを飲もうと思っていたらな...」

「なんで?今日は学校じゃなかったの?」

「ギクッ」

「...」


 おい、そんなところにわざわざ気づくなよ。

 紗枝さんがこっちをすごい形相でにらんできてるんだけど?俺、この後本当に死んだりしないよな?


「ま、まぁ、そんなことはどうでもいいさ。それより、お前こそなんでここに来たんだ?どうやって知ったんだよ?」

「え、いや、まぁ。朝比奈家の方に連絡がきたから、それで」

「なんでお前にまで連絡が行ってるんだよ」

「そ、そんなの家族なんだから当たり前に決まってるでしょ?」

「...そういうことにしておくか」


 毎回俺に何かあると、絶対に知ってるんだよな。


「まぁいいや、俺のことを心配してくれたんだな。ありがとう」

「そ、そんな。お兄、急にそんなこと言わないでよ~」

「至って普通の礼をしただけなのだが?」


 俺が朝比奈家とその傍系の血筋の者たちが俺を責めていた中、真昼は違った。

 こんな俺でも、こいつは俺のことをしたってくれている。

 本当に、俺にはもったいないくらいの可愛い妹だ。

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