5-2

 檻の中で恋は苛立っていた。こんなところで足止めを食っている場合じゃないのに。内心呟いて、狭い空間を何度もぐるぐると回る。

 恋にかけられた疑いは「未成年者略取」であった。勿論全く身に覚えがない。

「この写真を見てください」

 高円寺から三ツ角町まで連行され、狭い部屋に押し込められた恋の前に置かれたのは、一枚の写真だった。四角い風景の中では、恋がまだあどけなさの残る少女の手を引いて歩いている。背景は、三ツ門町だ。こんな記憶はない。

「全く記憶にありませんね」

「ですが、これは片須さん、貴方では?」

「びっくりするほどのそっくりさんですね。あたしはこんな服持ってないし」

 写真の中の恋は、随分と安っぽい服を着ていた。ゴシックロリィタ風のデザインはしているが、画像でもわかるほど布が薄く、縫製もガタガタだ。所謂偽物商品だろう。尤も、警察にそんな違いがわかるとは期待していない。

「彼女は家出中で、ご家族から捜索願が出ていました。この写真は、ご家族が独自に依頼した探偵業者から提供されたものです」

 探偵に先を越されたのかよ、と思ったが黙っておく。もう一枚、写真が並べられた。恋が数人の少女達を連れて歩いている。背景はまたしても三ツ門町だった。

「この写真に覚えは?」

「全くありませんね」

「彼女達は非行行為の常習犯です。何度も家出を繰り返しています。彼女達を匿っていたのは貴方では?」

「全く知らない娘達です」

 なんの生産性も無い押し問答の挙句、結局犯人扱いされてこの牢屋の中に放り込まれてしまった。

「おい」

 ぶっきらぼうな呼びかけに、落ち着き無く歩き回っていたことを咎められるのかと肩を竦める。振り返ると、檻の向こう側には蘇芳が立っていた。こんな状況だ。知った顔を見るとそれだけで幾分か安心する。

「あんたを脅した罰が当たったと思ってる?」

「馬鹿言ってる場合か。証拠品の写真、見たぜ。完全に冤罪じゃねえか。耳、鼻の形、目の間の距離、何もかもが違う」

「そんなことよくわかったわね。あんなにそっくりさんだったのに」

「三ツ門町では男も女も同じような顔してたからな。見分けるのが得意になっちまった。しかし、本当にそっくりだったな。お前じゃなきゃ、あの女はなんなんだ?」

「それについては、心当たりがある。片須冷……いや、あの化け物よ」

 あそこまで恋に似せられるなど、冷以外にありえない。

「人を喰って成り代わる化け物か。そんな体なら、記憶にあったお前の顔を作ることもできたってわけだ。まあ、完璧ではなかったがな」

 恋にはそれが引っかかっていた。何故わざわざ、プロが見ればわかる程度の差異を残したのか。

「だが、お前に似た姿で動いてたなんて、向こうはお前を嵌める気でいたわけじゃねえか」

「驚いたけど、まあ納得はしてる。あいつは、あたしに嫌がらせをしたいんでしょうね」

「それはそうだけどよ……。お前、マジでもう手を引け」

 そう言った蘇芳の声は、顔を見なくてもわかるほど真剣さが滲み出ていた。

「何よ、急に」

「わざわざお前に似た姿をしてたってことはだ、それを知ったお前を誘き出すか、お前が豚箱にぶち込まれるのを利用して見つけ出そうとしたってことじゃねえのか」

 彼の言うことも一理ある。ただの嫌がらせにしてはコストがかかりすぎる。そもそも、少女達はどこに行ってしまったのだろうか。

「俺はてっきりお前が一方的に片須冷……化け物を殺そうとしてるものだと思ってたが、向こうもお前をどうこうしようって思ってるってことだろ」

 恋の身が危険だ。そう言いたいのだろう。だが、そんなことは端から承知している。次に会ったときは、恐らく殺し合いになるだろう。ずっとそう思って冷を追ってきた。

「でしょうね」

「でしょうね、じゃねえよ。そもそもこんな状況になった今、警察に化け物が潜んでたっておかしくねえだろ」

 彼の指摘も尤もだった。こんな状況で警察に化けられてやってこられたら、手の打ちようがない。そもそも、あの化け物を一体どうやったら倒せるかもわからないのだが。

「まあ、確かにあんたは潮時ね。もう御役御免だし」

「どういうこった」

「流石のあんたもあたしを釈放させることはできないでしょ。それに、警察に冷が化けて入り込んでると仮定しましょう。あたしより先に危ない目に遭うのはあんたよ。あたしに協力してるのを見られたら……」

「……ぞっとしねえな」

「だから、契約は解除。ご苦労だったわね」

「……てめえ、どこまで俺を馬鹿にしやがる」

「なに?」

 突然の怒気を孕んだ声色に、思わず動揺してしまう。

「俺は……」

 蘇芳が続けて何か言おうとして、口を噤んだ。

「やべえ、面会の時間だ」

「面会?」

「会えばわかる」

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