第五幕 花咲く悲劇
5-1
片須恋が逮捕された。その知らせは、アカシア出版を激震させた。
「どういうことだ」
緑川は知らせを持ってきた菊田を問い詰める。
「未成年者略取の容疑だそうです」
「そんな馬鹿な」
何かの間違いだ、と緑川は首を振った。未成年者略取ということは、彼女の活動がなんらかの誤解を受けたに違いない。彼はそう確信していた。
「彼女がウェブニュースに書いた記事の取り下げを、上層部に提案しましょう」
菊田は至って冷静に、そう提案した。
「そんなことをしたら、彼女の罪を出版社が認めるようなものじゃないか」
「彼女を起用したのはあなたです。このままではあなたの立場が悪くなるかもしれません」
「だから、蜥蜴の尻尾を切れと?」
「逆に、庇う理由がありますか?」
言葉に詰まる。確かに、彼女の言うとおりだ。反論のしようがない程の正論だ。だが、このまま彼女を見捨てるなど、納得ができなかった。それは良心が咎めるなどという生やさしい倫理の話ではない。彼女が仕事に貢献したからという、企業人の打算でもない。今ここで彼女の手を離したら、そのまま地獄へ叩き落してしまうのではないかという危惧だった。
警官を脅してまで果たしたいと言う彼女の「目的」。それが単なる人探しなどの類ではないだろうということは、緑川にもわかっていた。そんな目的なら、取材のためとは言え曰くつきの奇書についてまで調べようとはしないだろう。いや、そもそも正体不明のカルト教団に豚の血をぶちまけられた時点で、普通の人間なら取材そのものを辞める。
「緑川さん」
「少し、静かにしてくれ」
緑川は文字通り頭を抱えた。考えろ、これまでに一体何が起きた?
三ツ角町の少女バラバラ殺人死体遺棄。カルト宗教による桔梗紫を狙った襲撃。最後まで読んだものは呪われると言う奇書「黄衣の王」について調べろという依頼。奇書であり希書であるそれと同名の芝居。片須恋にかけられた嫌疑。
目が回るような、冒涜的な出来事ばかりだ。こんなことが立て続けに、偶然起こるだろうか。もし偶然ではなく、最初から「片須恋」という女に収束するように構造化されていたとしたら?
そうだとしたら、彼女の「目的」と、この一連の図式を構造化した人物はなんらかの関係があるとしか思えない。
「緑川さんがやらないのであれば、私が提案してきます」
「やめろ!」
自分でもこんな大声が出るのか、と驚いた。
「どうして庇うんですか? ホストに入れ込むようなあんな馬鹿な女に!」
そう言ってから、菊田の顔が一瞬で青ざめた。
「そんな話は聞いたことがない。何故、君が知っている?」
「三ツ角町に出入りしてるような女ですよ、ホストに入れ込んでるに決まってるじゃないですか」
苦しい言い訳だ。なにより、その顔にはっきりと書いてある。しまった、と。
「そうだ、神威歌劇団の件を持ち込んだのは、君だった」
「何が言いたいんです?」
「君は、少なくとも劇団がカルト宗教に狙われていることは知っていて、取材の話を片須に持って来たんじゃないのか。そうでなければ、全てが偶然に、彼女に収束しすぎている」
菊田の顔が歪んだ。
「どうして、どうしてあんな女を庇うんですか? 私の方がずっと、緑川さんを見ていたのに!」
そう叫んで、彼女は手に持っていた文房具やらなにやらを全て放り投げ、部屋を飛び出した。緑川もほとんど反射的に彼女を追う。
「待て!」
話はまだ見えてこないが、菊田が片須を陥れようと意図的に神威歌劇団の件を持ち込んだのは確定だ。もしかしたら、誰かに唆されたのかもしれない。そしてその誰かがいるとすれば、一連の出来事を構造化した人物だ。
その誰かに、片須を会わせてはならない。そうしたら、彼女は彼岸に行ってしまう。何の証拠も無いのに、間違いないと緑川は確信していた。
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