第四幕 彷徨き回る影法師

4-1

 電車に揺られながら、恋は指先でスマートフォンの画面をスクロールしていた。探しているのは黄衣の王に関する情報だ。

『教団に入れてもらってから家に帰らなくてよくなったから嬉しい。お金稼ぐのも困らないし、今一番精神安定してるかも。教団入りたい子はメッセージくれたら仲介するよ』

『馬鹿なホストに貢ぐのやめて本当に良かった。教祖様なら尽くした分優しくしてくれるし』

 教団の構成員と思わしき女達の断片的な言葉は見つけることができた。だが、肝心の教祖本人や、教団本体に辿りつくことができない。何人かに教団の話を聞かせてくれないかとメッセージを投げてみたが、皆一様になしのつぶてだった。

 こうなれば、と恋はとある人物にメッセージを送る。いつぞや対人関係のトラブルを解決してやった少女だ。彼女に「黄衣の王」についての情報を集めてくるように頼む。すぐに報酬に関して念押しするメッセージが返ってきた。強かなものである。

 丁度その時、電車は目的地に到着した。緑川から呼び出され、アカシア出版の本社に向かう道中であった。彼のおかげで、最近は仕事が順調だ。生活に困ることがないのは有難い。社内に入り、編集部に向かう。珍しく機嫌が良さそうな。柔らかい表情をした緑川が立っている。その隣には、やや俯きがちな、陰気そうな女が控えている。顔の角度のせいか、睨まれているように感じた。気分はよくないが、わざわざそれを指摘して空気を悪くすることも無いだろう。

「紹介しよう。編集部所属の菊田だ。この前電話で話したかな」

 緑川が言うと、菊田と呼ばれた女は軽く会釈した。この前緑川の代理で電話を寄越してきたのが彼女なのだろう。緑川の秘書的な役割をしているのかもしれない。

「これまで君に書いてもらった記事がなかなかに好評なんだ」

 テーブルを挟んで向かいに座った緑川が、上機嫌であることを隠すこともない声色で言った。

「そうなの?」

「ああ。黒木カズラの記事に助けられたのも大きいが、上が君のことをかなり評価している。毎度締め切りをきっちり守ってくれるのも有難い」

 この業界はかなりルーズなところがある。恋は勤め人時代の癖で連絡はかなり密にしているほうだ。それが幸いしたのだろう。

 緑川が机上に資料を広げる。フライヤーには「神威(かむい)歌劇団第百五十四回公演」と書かれていた。

「神威歌劇団って聞いたことあるわ。歴史がある劇団って聞いてたけど、百五十四回も公演してるのね」

「ここ二年ほど活動を休止していたんだが、先日急に新作を公演すると発表してな」

「随分急ね。ところで、どうしてあたしに?」

「今回の話は、菊田の提案なんだ」

「彼女の?」

 意外な展開に、思わず菊田の顔を見る。相変わらず俯きがちだ。

「黒木カズラの記事、拝見しました。芸術の方面に強いライターさんとお見受けしました。私、この劇団が昔から好きなんです。ようやく復活すると聞いて、是非片須さんに彼らを取り上げていただければと思いました」

「嬉しい」

「それに、緑川が見込んだライターさんに活躍していただければ、彼の評価も更に上がりますから」

 なるほど、と恋は内心合点した。多分、本音はそちらの方だ。その証拠に、緑川の名前を口にしたときだけ、睨むような表情が和らいだ。

まあ、こういう仕事は好きなのは確かだ。個人的にも興味を惹かれる。

 フライヤーを手に取り、細かく目を通そうとしたとき、恋は思わず動きを止めてしまった。

「今回、君にこの公演を取材して欲しいと……おい、どうした」

「ああ、ごめんなさい。続けて」

 緑川の前で平静を装うことができて安堵する。なにせ、公演のタイトルが「黄衣の王」なのだ。冷が関わっていたという店から資金の横流しを受け、喰屍鬼(グール)の巣に残されていたローブを用いるカルト宗教団体。それと全く同じ名前だ。驚くなという方が無理な話だった。だが、考えるのは後にする。緑川にはあまり悟られたくない。ただでさえ、もう蘇芳という他者を大きく巻き込んでしまっているのだから。

 スマートフォンでインターネットを開き、神威歌劇団を検索する。一番上に劇団のホームページがヒットした。写真の多くに、火が写っている。演者達がマッチ棒に灯した小さな火だったり、舞台上で燃え上がる炎だったりと大小様々な火が。どうやら、火を使った演出がこの劇団の得意技らしい。

 劇団の来歴を見ると、五年前に代表が急逝し、その息子が後を継いだが、彼の体調不良により三年前から劇団としての活動を一時休止していたそうだ。その復帰第一弾としての活動が今回の公演なのだが、それにしては随分と話が急ではないだろうか。普通、代表が活動を再開するとなればもっと大々的に宣伝を打ち、期待を高めてから満を持して本公演の発表をしそうなものだ。

 やはり、最近動きが活発になっていると思わしきあのカルト宗教となんらかの関わりがあるのだろうか。今回、この話が来たのは僥倖だった。

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