第3話



 後藤さんは、まだ、生きている…!


 …わからないわけじゃなかった。


 目を開けた時には、たちまちのうちに失われていく「時間」が、そのスピードが、現在の岸辺にあるということ。


 1.74という「運命」になす術もなく引き裂かれる未来があるということ。


 だから、「次」になにが起こるかがわからないわけじゃなかった。



 届け



 というかすかな想い。


 そして、届かないという現実。



 地上15メートルと、約16m/sという落下スピードのまま、後藤さんが地面に叩きつけられようとした時だった。


 私は目を開けようとした。


 それこそ、無我夢中で。


 目の前に起こる「現実」を、真っ先に否定したいという思いで。





 prrrrr…………


 …………


 ………


 prrrr………


 ……


 …




 …え?


 ……電話?



 その「音」を聞いた時、思わず思考が固まった。


 彼女が地面に触れるその「間際」の先端から、後藤さんの死を目撃する人の悲鳴声や、ぶつかった時の衝撃音が、予備動作もなく耳の中に届くかもしれないと思っていた。


 風のざわめきが耳を打ち、静寂が訪れる。


 そこに、あるはずのない音。


 聞こえてくるはずのない機械音。



 それは、「家」の固定電話の音だった。



 私の家の、昔馴染みの呼び出し音。


 聞き慣れているひとつの音と一緒に、「はいはい、今出ます」という母親の声が聞こえる。


 あり得ない波長が、あり得ないタイミングで耳の内側を打つ。

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