第168話 ユリオプスデジー・ソレイユ
レオンの両親の前情報はもらえなかったが、従兄とやらの前情報は与えられた。やばい奴とのことだ。婚約者と結婚した者の違いもあるのかもしれないが、身構えてしまう。
自他ともに認める公爵になってはいけない人らしい。
日が落ちる前に、公爵家の研究施設がある森に飛行船が下りた。
王都から馬車で二日ほどかかるらしい。わざわざ離れた場所に作られた理由は近隣への迷惑を避けるためとのことだ。街道は整備されているので、物資の面では問題ないそうだ。
「母達がよく来るので、生活に困るようなことはないとは思います。こちらでは客間を使ってもらうことになります」
飛行船から降りて、馬車に乗り換え少し走ったところに屋敷があった。公爵邸と比べれば小さいが、ライラック男爵家の新しい屋敷より大きい。別荘の扱いでもこの規模か……。
「飛行船の止まる場所をもっと近くにしてはいけませんの?」
馬車から降りて、屋敷を見上げて問いかける。それほど遠くはないが、近くにするならいっそもっと近い方が楽だろう。
「ああ、それは」
「火災時に母屋に火が移らないためだよ」
馬車の移動の間に日が暮れだして、薄暗くなっている中、玄関先でレオン以外の声がした。
「はぁ……中で紹介しますから」
レオンが面倒くさそうに言いながら、屋敷の中へエスコートしてくれる。
照明の中でようやく声の主の姿がわかった。
魔法科学オタクと言っていたので、瓶底眼鏡に小汚い恰好を想像していたが、全然違った。
レオンより少し年上くらいに見える見た目で、薄茶に金髪を混ぜたような髪は長くて後ろに縛っている。目は焦げ茶でレオンと似ているので兄弟と言われても違和感がない。背はレオンの方が少しだけ高い。
「ユリオプスデジー・ソレイユと申します。リラ・ソレイユ夫人。私のことは、気安くデージーとお呼びください」
社交的な挨拶で、手の甲に口づけをしようとする。それをレオンが足で阻止した。こんな行儀が悪い様は初めて見た。
「レオン……いくら何でもその態度はよくないよ。結婚して、子供ではなくなったんだから」
「すみません、デージー兄さん。でもわかってください、彼女は私の妻ですから」
なんとも言えない関係性なのは理解した。
「初めまして、ユリオプスデジー様。リラ……と申します」
リラ・ライラックと名乗りかけてしまう。
「君のことは色々と聞いているよ。いやぁ、伯父上に似て美人を連れてくるだろうとは思っていたけれど、また違ったタイプを連れてきたね。それに、とても魔法を使うのが上手なんだろう? 少し使ってみてくれないかなぁ」
顔はいいが、目を細めるとなんだかいやらしい感じがした。
「貴族は無暗に魔法は使うものではないでしょう。ほら、邪魔です。話なら夕食の席でしてください」
野良犬でも警戒するようにレオンが進んでいく。エスコートされているので、会釈してそれについていく。
「いいんですか?」
「いえ、大事なことを一つ忘れていました……」
レオンがため息をつく。
客室に着くと、大使館で使ったような部屋で寝室が二つある。
「レオン……は、こちらにも部屋があるんじゃないですか?」
「ありますが、リラを一人で過ごさせるのは心配です」
「一人でうろうろしませんよ?」
「いえ……先ほどの従兄のデージー兄さんですが……もう一つ、忘れていたダメな事を思い出しまして」
「?」
首を傾げる。席について、お茶が入れられる。メイドや侍従が荷物を運び入れて整理を始める。
二泊だけだが、貴族は色々と大変らしいが、それに対応する使用人は慣れている。私たちは、邪魔にならないようにするのが仕事だ。
「あの人……結婚はしない主義で、色々なところに愛人がいるのですが」
なんというか、ソレイユ家の人は一途なイメージだが、そういう人もいるらしい。
「特に……あいつ、デージーは、人妻が好きなんです」
苦々しく出された言葉とその内容がなんとも一致していない。
「リラがすでにその枠組みに入ってしまった事を考慮し忘れていました……。すみません」
「そういえば、人妻ですね」
婚約者は八年くらい色々なところでしてきたが、妻となったのは初めてだ。まだそれらしい仕事も式もしていないので違和感しかない。
「……愛人の方も人妻なんですか? 色々と大変なんじゃ」
貴族が愛人を囲うことはよくあるが、夫人が愛人を持つ場合は色々と面倒だ。当たり前だが、夫以外の子供は色々と禍根を作る。
「それは、色々と手をまわしているので……そんなわけで、あれを公爵家の当主にした場合、色々と……それはもう色々と歪みができるので、どの派閥も推すことができないんです」
女好きだけならば、自分の娘を嫁がせて、など色々と手はあるだろう。そういうのもできない人間性に、いっそ興味が出る。
「流石に従弟の妻にまで手を出すということはないのでは?」
「……あの人、うちの母が一番好みだと公言してるくらいなので……」
「ああ」
なんというか、レオンのご家庭は円満にどろどろしている気がしてきた。
「本当に、何かあれば暴力に訴えて構いませんから。あの男は、女性にだけは暴力を振るいませんので」
「護身術の類は、習っていないので、魔法でどうにかするのが一番楽で確実なんですが?」
「それだと、喜ばせてしまう危険性が……でも、殴られても喜ぶか……」
そもそも、公爵家の人間に危害を加えたくない。面倒になりたくない。
「基本的には、レオンの近くにいるようにしますから、私の代わりに殴ってください」
「わかりました。極力一緒にいます」
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