第167話 研究所へ
食事処で出た料理は正直食べられたものではなかったが、リラから供されるならば喜んで口を開こう。
料理を食べに来ていた客は、昼間から酒を飲んでいたが治安が悪いというよりも、無礼講といった雰囲気があった。
客の話を盗み聞きするに、やはり水が溜まったことを祝っているようだ。
気にかかったのは、奥様のおかげだと言う言葉が聞こえた点だ。
街で聞き込みをさせているので、詳しくは後で確認すればいいが、前男爵夫人は市民からも随分と支持されているようだった。
リラとのデートを楽しんだ後、迎えの馬車に乗り飛行船を停めている場へ移動した。こちらの屋敷の近くに、正式に飛行船の離着陸場所を整備させるようには通達をしている。幸か不幸か、小型の飛行船ならばリラは怖がらないので、予定よりも頻繁に行き来ができるだろう。
「研究所に向かうので大丈夫でしたか? 水問題ほど急を要していませんし、後日でもよかったのですが」
景色の見える部屋でも特に怖がることのないリラにやはりがっかりしてしまう。
「飛行船を何度も出すよりも効率的という話ですし。お互い色々と忙しい身ですから」
確かに、戻ってきてすぐだが本当に忙しい。
残念ながら、初夜の計画も建てられないくらいに忙しい。
今夜は研究所に付属して建てられた屋敷に二泊して明日はまる一日研究所の案内をする。翌朝には王都の屋敷にもどる予定になった。
王宮からも、あの石については早く調査を開始して欲しいと言われているが、どうもよくない影響が出そうなため、最初の計測ではリラがいないと始められなかったのだ。
「あの石に関しては……、リラの負担にもなってしまう可能性があるので、心配です」
「まあ、何か分からないのも気持ち悪いですから。それに……私の歴代の婚約者に訪れた幸運に関係があるならば知っておきたいことです」
リラの価値が上がったとしても、公爵家に嫁に入った以上、無理な結婚を強いられることもない。だが、国から責務を負わされる可能性はある。
「それに、レオン……には、結局婚約中にこれと言った幸運がなかったので、少し心外なのですよ」
「妹の問題の解決や、陛下からの命を達成できたことは幸運では?」
「なんというか、こう……予想していない鉱山が発見されるとか、病気が急によくなるとか……そういうことです」
リラの歴代婚約者と比べると、何か違うということだが、普通に考えてリラがいなければできなかったことだ。
「リラが一緒にいてくれたからこそ……達成できたのですが?」
「ああ、そこが違うのかもしれません」
「?」
「これまでの婚約者は、もちろん私が何かした結果と言うこともあったかもしれませんが……例えば運命の人に出会うというものも、私をきっかけに出会ったわけではありません。死んだと思っていた息子が発見されたのも、私が見つけてきたわけではないです。今回は、私が多少は力を貸した結果もあったとは思っています」
「確かに、大いに力を発揮してくれましたね」
俺の救出は、他のものでは絶対にできなかったろう。強いて関係のない幸運と言えば、崩落で即死しなかったことだろうか。
「はい。だからこそ、これまでの方は私と婚約破棄をしたというのもあると思います。レオン……の場合、少なからず恩義を感じて結婚までしてくれましたが、他はそこまで恩を感じることもなかったのでしょう」
「リラ……」
結婚もしたことだ。そろそろ、リラには自分の立場と言うものをわからせなければならない。
前々から思っていたのだ。リラの態度が気に食わないと。
「いいですか。リラ。助けてくれたことにも、結婚を承諾してくれたことにも、感謝していますが、勘違いをしないでいただきたい」
つい、厳しい口調になってしまう。
「俺は、あなたが可愛くて仕方ないので、本当ならばただただ可愛がり尽くしたいのですよ。そうしないのは、リラを尊重しているからです」
本来であれば、リラには公爵邸から一歩も出ずに生活して欲しい。けれど、リラはそれを望まないことはわかっている。
「レオン様は、女性の趣味が悪いですよね」
言葉にしても理解してくれない相手に、体で示したいが、結婚したが個人的な契約がまだ婚約時のままなのでそれも許されない。
「では、俺を選んだリラも大概に趣味が悪いでしょう」
不貞腐れた口調が隠しきれない。いくら、本人であっても、好きなものを否定されるのは気分のいいものではない。
「……それは、否定できませんね」
真顔で返されてしまう。
「話がずれました。研究所に着いたら、何か機密保持の契約書にサインをしたりは?」
話題を切り替えられて、肩を竦める。
「結婚はしましたが、俺も外部に情報を流さないよう契約をさせられていますから、あちらに着いたら署名をしてもらう予定です。ただ計測だけであれば、不要なのですが、リラには手伝ってもらわなければならないので。ああ……後」
リラがどれだけ可愛いかをこんこんと教えたかったが、もっと大事な注意事項を思い出した。
「……研究所の研究員に一人、厄介な男がいます」
「厄介な方ですか?」
公爵家の中では有名な男だ。
両親については、事前にあまり話したくなかったが、これについては先に言っておいた方がいいだろう。
「私の従兄に当たる男です。私に何かあった場合、父の爵位は彼が引き継ぐ可能性が一番高いのです」
「……警戒をしなければならない方と言うことですか」
リラが、爵位を奪うために暗殺を企てるのではと考えたのだろうが、それはない。
「いえ……警戒はして欲しいのですが、彼の両親……私の叔父たちも、その野心は持っていません。到底公爵ができるような男ではないからです」
「何か……ご病気で?」
病気と言えば、病気か……。
「はい……魔法科学オタクと言う不治の病に。なので、不躾な態度を取られた場合、魔法ではなく拳で殴ってください」
リラの魔法を受けたら、興奮して面倒になるだろうから。
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