第166話 ライラックの街
ライラック男爵領の一番大きな街は屋敷から馬車で少し走ったところにある。
何やら急ごしらえの祭りがおこなわれていた。
「何のお祭りですか?」
馬車を下りた時、従者に聞く。
「ああ、やっと水神様の機嫌が直ったんで、そのお祭りですよ」
それだけ言うと、走り去っていった。
「水神……」
そんな信仰がうちの地域にあったろうか……。
マービュリア国では海の神様を祭っているらしいが、一部海に面しているがブルームバレーは特に海の神を信仰していない。
うちには聖女様がいるのだから、聖女様を祝えばいいのにと思ってしまう。
「水不足が解消されたのはもう知られているのでしょうね」
レオンが左手を差し出すので右手で握り返す。
右腕がまだ不自由なレオンの左手まで拘束することに引け目を感じるが、何かあったら私が守るから大丈夫だろう。
「水不足は心配していたので、解決されてよかったですが……未来永劫とはいきませんから、対策案も考えないといけませんね」
「そうですね。それぞれの属性の子供が幸運に恵まれたとしても、それを理由に後を継ぐ先を選ばせるのは可愛そうですから」
「?」
「うちは炎属性が多いだけで、跡取りの必須条件ではありませんが、このままだと水属性に産まれるとこちらを管理することになってしまいかねません。実際にどの爵位になるかはわかりませんが、公爵家より格が下がります。それで兄弟の争いにならないようにはしなくてはなりませんから」
「そうですね……」
伯爵になれたとして、まあ、男爵よりは随分とましだが、一番格上の家格には劣る。
それに、当たり前に家族計画が出ることに恥ずかしくなる。
どこかで、家庭を持つことは諦めていた自分がいる。むしろ、食いつぶされるくらいならば、一人で生きられるようになりたいと思っていた。
「あ、あれ。美味しいのですよ」
恥ずかしくなっているのを誤魔化すために、市場で売っている野菜を指さした。
何年もまともに歩いていなかったが、街は昔よりも随分と発展していた。私がまだこっちにいたころは、もっと小さな街だったのに。
「随分と、立派になっていたんですね」
「水不足の心配がなかったことが発展の大きな要因ですが、領地の管理がちゃんとされていたからでもあります」
「そう考えると、一概に責められませんね」
「はい……アルフレッドはリラを害した平民として投獄がされていますが、その母親に関しては息子を魔法が使えると偽装した事で罪には問えますが、大きな罪状とは言えません。かといって、こちらに戻すわけにもいきませんから……」
まあ、私に対してあんなことをしでかした人がどうなろうと知ったことではない。だが、継母と言っていいのかも微妙な人は、直接かかわっていない。
「あまり、いいように思われていなかったのは知っていますけど、継母である人とは、ほとんど面識がないんですよね。徹底して避けられてきたというか……」
兄だった人からは嫌がらせはされた記憶があるし、使用人が私のことを明らかに下の物として見ていたのはそれを大人が止めなかったのも原因だ。
「リラが望めば、ある程度の罰を与えることは不可能ではないですが?」
平民と男爵の間にできた娘。対して自分の息子は男爵の子でも魔法が使える訳でもない。子供を守るために私を排したいと思うのは理解できる。
「……特に、興味はないです。裁判で裁かれる罰で特に問題はありません」
ふと、母が残した教科書は返して欲しいと思った。けれど、もう捨てられてしまっているだろう。
その後は、街の視察をして、なんとなく入った食事処で平民のご飯を食べた。レオンは少し微妙な顔をしていたが、お貴族様の料理の様に豪華ではない。それでも春になる前にしては十分だ。水問題が解決されて、取っていた食材も手を付けることができるようになったのだろう。
塩漬け肉は随分辛くなっていた。エールが飲みたくなってしまった以外は問題なく過ごした。
公爵家の警護もお忍びでついて来ているようだったが、こんな気兼ねなくレオンと二人でどこかへ出かけるのは初めてだった。
固い肉を片手では切れず、手伝ったら口に運べと催促されたのは面倒だったが、概ねレオンも楽しそうにしていた。
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