第161話 魔力量の変化


 幸か不幸か、結婚したが、多忙だ。


 普通、円満に婚約から結婚に移行した場合、短くとも一週間ほど蜜月がある。既に妊娠していた場合でも、二・三カ月ならばこの時の子が早産だったと言い訳できる。


 今、そんな蜜月に入らされたら、私の精神が死ぬ。


 正直、平静を装っているが、どうしたらいいかわからない。


「一年も水を溜めないのは初めてのことかもしれないですね」


 半年に一度は婚約者のところから引き戻されていた。もしくは婚約先に行く前に水を溜めてから向かっていた。


 貯水池は館や街からは離れた場所にある。そこまでの馬車道は整備されていた。


 まだ冬が明けようという頃なので緑が少ないのは仕方ないが、雑草も枯れていた。


 しばらく走ると、貯水池が見える場所まで来た。


 確かに、これは帰国してすぐだというのに呼び出すだけはある。


「おお……」


 思わず声が出た。


 結構な深さと幅がある人口の池。池と言うよりも湖に近い。そこからすえた臭いがした。確かに一部の底も見えていて、行き場を失った魚が死んでいる。


「死体とか、ありそうですね」


「そういったものも含めて調査は済んでいるそうです」


 レオンが教えてくれるが、結果は口にしなかった。


 まあ、湖に死体を沈めるのはよくあることだ。枯れた貯水池の調査もしてくれていたとは、よくできた一時管理者だったようだ。


「この辺りで」


 声をかけて、止めてもらう。従者はルビアナへ向かう飛行船にも乗っていた人で、私がやらかしたのを目にしている人だそうだ。


「倒れるまでは避けてください。何日かに分けるか、別日に来ればいいので」


 馬車だと数日かかるが、飛行船なら日帰りでも往復できるからこその提案だ。忙しいから、実際は何日もかけてはいられない。


 手を貯水池へかざす。


 小説などで魔法が出てくることがある。なぜか使う時に呪文を発するものが多い。何の魔法か読み手にわかりやすくするためだとは思うが、何やら経のように長いものもあって、実際に使う時にそんなことを叫ばなければいけないなら、大変に恥ずかしいだろう。


 まあ、子供なんかは感化されて魔法を使う訓練が始まると呪文を口に出したりするが、大人になれば基本は無言だ。


 無言で魔法を使うのにも意味がある。何の魔法を使っているか悟らせないためと、言葉がなければ魔法が使えないと癖付けてしまうと、支障が出る場面があるからだ。


 発動時間がその分遅れるのと、口を塞がれているようなとき、いわば緊急時に致命的な結果となるのだ。


 貯水池に残っている水が少ないが、それを媒体にして作った水とくっつけて安定させる。


「……?」


 いつもは半分程度で魔力が尽きかけるのだが、今日は問題ない。底が平らでないから、半分ほどの水位でも実際の体積は下のほうが少ないのだろう。そう思い、もう少し水を溜める。


 七割くらいで魔力が減ったのが分かった。


 八割まで来て、結構使ったと感じる。


「リラ、そろそろ」


 心配する声で魔法を止める。


「大丈夫ですか」


 心配する顔を見上げて首を傾げる。


「成長期でしょうか……魔力総量が、一年前より増えています」


 一時的なものだといいが……。


「体調に変化は?」


「特には」


 魔力量が多いというのはレオンと婚約してから理解した。それから更に増えたとなると、今後の成長が心配だ。魔力が増えすぎて死んだりしないだろうか……。


「あの……」


 おずおずと、馬車を走らせてくれていた青年が声をかけてくる。


「十五くらいを超えると、魔力総量はほぼ変化がないという研究結果があります。まれに成長期が遅いものもいますが……」


「十五以降も、着実に伸びていたと思いますが……ここまでの伸びは初めてですね」


 十五は婚約することができる歳だ。結婚時はどの程度の魔法が使えるかも重視する。


「一度、研究所で精密な検査をされた方がいいかもしれません。レオン様、できれば定期的に測定をされた方がいいかと」


「そうだな」


 真剣な顔で二人が言う。


 どうも、あまり良くないらしい。私は魔法や魔力に関しては正式に習っていないので、ちょっと常識知らずだから少し不安だ。


「何か、問題がありますか?」


「ああ……。そういった例をあまり聞かないので、ちゃんと確認した方がいいという話です。それに、これだけの水を、それほど時間をかけずに作り上げるのは普通できないことですから」


 レオンが婚約者として公爵家に連れて行ったのは、この魔力量を見たからでもあるだろう。


 利用と保護が両立できるのは、ソレイユ家だけだと考えたのかもしれない。


 まあ、それほど利用価値がある魔法でもないが。


「……やはり、変……ですか」


 普通とは何だろうかと思ってしまう。


「いえいえいえ、リラ様、大変すばらしい魔法ですよ! 原理を是非解明して、今後の水問題の解決を目指しましょう! この技術を確立して売れば、莫大な利権が得られますよ!」


 食い気味にソレイユ家の職員が言ってくる。


「……お前は少し黙っていろ。リラ、これだけ溜めればしばらくは問題ないでしょう。屋敷の方に戻って、もし滞在が嫌ならばそのまま王都に戻っても構いません」


 レオンが職員を押しのけて馬車へエスコートしてくれる。


 数日かけて半分ほど水を溜める予定だったが、予定が狂ってしまった。そもそも、一気にこんなにためては不自然過ぎたか……。


 反省しつつ馬車に乗る。


「今晩は、こちらで泊まって、問題なければ明日にでも出発しましょう」


「……わかりました」


 心配した顔で見られている。


「本当に、魔力枯渇までは行ってないので安心してください」


 馬車が走り出す。行きと違って帰りはすえた臭いもなくなった。


「リラは、あまりいい扱いを受けていなかったので、こちらの滞在が辛いのではないかと……正式にリラに与えられてから、新しく屋敷を建てさせようとは考えていましたが、今日は宿で泊まってもいいんですよ」


 心配は魔力よりも心の方だったのか。


「いい扱いではなかったですが、私生児なんてそんなものですし、婚約できる歳になってからは実家にいることはあまりなかったですから、特別辛い思い出もないですよ」


 ごはんが少なかったのは辛かった。だが、クララのおかげでここ数年はましだった。


 殴られたりするわけでもなかった。婚約先がある間は商品と同じだ。商品価値を下げるようなことは最低限されなかった。


「それに、幼少期はまだ母が生きていたので、別の場所で暮らしていましたし」


 平民のような生活だったのは覚えている。少し病弱で、あまり子供のころの記憶はない。母親についても、あまり覚えていない。


 ただ、過去の婚約者たちについてもはっきりと覚えていないので、私の記憶力の問題だと思う。少し馬鹿なのだろう。


「リラが、嫌でなければいいんです」


 こういう時、どうすればいいのだろうかと考える。


 向かいに座るレオンの隣に移動する。


「リラ?」


 レオンは、高所に怯える私に抱き着かれると嬉しそうだった。抱き着くのは抵抗があるので、ちょこんと寄りかかる。


「甘え方は、これであっていますか?」


 可愛らしい人代表のリリアン様を思い出す。私がやると気持ち悪くないだろうか。


「撫でたいのに、右手が使えないので拷問のようです」


「なら、やめましょうか」


 体を起こそうとすると、左手で引き寄せられた。仕方ないのでそのまま凭れ掛かる。


「右腕は、どうですか?」


 かなり酷い怪我だった。幸い切り落とすことなく済んだ。


「公爵領に戻ったら、ギブスもとれるそうです」


「そうですか……後遺症が残らないといいですが」


 治癒魔法を使える者がいたから、何とかなった。国に戻ってからも治療を施したそうだ。


「リラのおかげです」


「まあ、必死で助けはしました」


 死ぬと思った時、怖かった。今でも、少し不安になる。助けたのは夢だったんじゃないかと。


「……俺も、リラを助けたいと思って、確認も取らずに公爵家へ連れて行ってしまいました。リラも、同じように思ってくれたことが嬉しいです」


 まあ、魔法の使い過ぎで倒れる姿を見たら、ここには置けないと思うだろう。クララ曰く死人のようだったというし。


「そうですか……。なら、恩を返せてよかった……です」


 枯渇まではしていないが、魔力を結構使ったので眠い。


「ちょっと……寝ます」


 今回は心配なく寝れる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る