第162話 ライラック男爵領について
馬車がライラック邸についても起きなかったため、リラをベッドに運んでから状況を確認する。
魔力量が増えていると言ったが、それと関係なくあれだけの魔法を使えば普通は死んでも不思議がないので、クララを付けておく。
今回クララも内情を知るものとして連れてきているが、クララには公爵家のベテランメイドと侍従を一人ずつ付けている。
「領地管理自体は予想に反してまともに行われていました。水問題でこの冬はかなり厳しい状況でしたが、おかげで何とか乗り切りました」
貯水池はかなり大きなもので、むしろこの領地の規模であそこまでの物をよく作れたと驚く。だが、水を溜める算段ができない状態で作ったのは無謀としか言えない。
帳簿などがまとめられたものを確認する。あのアルフレッドの態度を見るにまともな領地運営ができているとは思っていなかったが、どちらかと言えば優秀な運営がされていた。
一時管理と調査を任されていた担当者も同じ意見だ。
「この管理をしていた者は?」
使用人がしていたのならば、その者が継続すればいい。
「それが、アルフレッド元男爵の母、元男爵夫人だったようです……」
リラから継母については特に聞いたことがなかったのを思い出す。こちらに婚約書類の変更をするために来た時も、会わなかった。
「どのような方ですか?」
「ご本人はとても物静かな方でした。……その、ここにいた年寄りから聞いた話ですので、噂話程度に聞いていただきたいのですが」
噂話によると、リラの継母は子爵の娘だったそうだ。嫁ぐときにはリラの父である男爵とリラの母は恋仲だったという。そして、嫁いだ時には既にリラが産まれていたという。
「……では、リラの兄は?」
リラの兄というからには年上だ。
「男爵夫人の連れ子だと。ただ、領地では身籠らせた責任を取って子爵令嬢を妻としたということにしていたそうです。その際、子爵家からは多額の結納金があったようで、それのほぼすべてを投じて、貯水池の建設がされたとのことです」
リラがあれだけの魔力と魔法を使えると言うのに、兄があれほどまでに貴族としての適性を持たない理由が謎だった。リラが養女に入ったというのならば理解できるが、逆だったのだ。
前男爵の正式な子供はリラで、アルフレッドとリラは血の繋がりがもとよりなかったのだ。
「今回、アルフレッドから正式に爵位を剥奪し、その上でリラ様にこちらを任せることとなったのも、そのような事情があってのことです」
優れたものを養子にすることは少なからずある。その者と家門の者を結婚させて当主にすることもある。本当に、リラがアルフレッドの妻になっていた可能性を考えてぞっとする。
「不義を犯した娘とその子を引き取る代わりに金を渡した……そういうことですか」
「子爵家からは解答がありませんでしたが、そうだと……」
家同士が納得してのことならば、外部が文句をつけることではない。唯一問題だったのは、不義の子がそれを知らず、そして魔法も使えなかったことだろう。
「リラ様は婚外子とされていましたが、将来的にはアルフレッドの妻とすることで血筋を戻すつもりだったのでしょうが、リラ様の母君が亡くなり、正式な子として家に迎えたためそれは困難となりました。何せアルフレッドが連れ子であると認めなければならなくなりますから。そして、リラ様は婚約できる歳になると、男爵の探した婚約者の元に送り出し、あくまでも跡継ぎはアルフレッドだと示したのでしょう」
リラが婿養子を連れてくれば男爵になっていた可能性もあったのだろう。
「……リラの父は、何を考えていたのか……」
自身の娘ではなく、血の繋がりのない子を正式な跡取りに推すとは……。
「わかりかねます。ただ、貯水池を作った英断で、領地はかなり潤ったと聞いています。まあ、娘にしか管理方法を教えなかった点を見ると、やはり実の子の方が可愛かったのか。命を守るための手段を与えたかったのか……」
リラが直接水を溜めていると知らなければ、何か方法があると考えているのかもしれない。
ふと、逆の考えが浮かんだ。
リラの魔法を頼りに貯水池を作ったのではなく、リラに魔力を使わせる場所として貯水池を用意したのではないかと……。
リラの魔力量は正直言って異常だ。身に余る魔力は体を壊すことがある。実際、ビオラ母上は魔力量が多すぎて体調を壊すことがあった。それを使うため、予防法を確立するための研究所だ。
リラの体を考えて、あれだけの貯水池を準備し、その建設費のために、アルフレッドとその母を受け入れたのではないかと、そんな考えが浮かぶ。
ただのこじ付けた考えかもしれない。だが、そうであればと思ってしまう。
リラが愛されて産まれた子でなくとも、愛する。だが、愛されていて欲しいと願ってしまうのだ。
「……貯水池の管理は定期的にリラとこちらに向かいます。こちらからも管理をできる者を連れてきていますが、それで対処は可能ですか?」
「はい、問題はなさそうです。この屋敷などの散財も、基本はリラ様が婚約破棄をされて得ていた慰謝料から使われていたようですから、大きな借金などもありませんでした」
「わかりました」
ここまで順調ならば、明日には公爵家へ戻れるだろう。
リラが望んでいた自由が得られる立場になった。それを奪ってしまうと分かりながら、すぐさま結婚の届を出した。
リラが、それを望んでくれたのもある。だが、冷静に考えた時に、爵位を得て自分の領地が得られるならばそれでいいのではと考えを変える前に事実を作ってしまいたかったのだ。
「それにしても、ソレイユ公爵家に支援いただけてよかったです。流石に、リラ様だけでは領地運営が難しかったでしょうから」
「リラ殿は優秀な方ですから、できないわけではないのですよ」
「リラ様の能力に関しては存じ上げておりませんので、その点での判断はできませんが……、ただ、信頼できる使用人もいない中、女性が生活するのは難しいということです。特に、若く美しい女性は」
「……そうですね」
リラを下に見ている使用人の中では、何をされるかわからない。警護を雇っても、裏切らないとは言えない。既成事実を作り結婚を考える者も出るだろう。
リラの魔法を加味すれば、負けることはないだろうが、絶対ではない。何よりも四六時中警戒していては、精神的に参ってしまう。
こうやって、自分がしたことを正当化する意見に安堵してしまう。
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