第159話 新しい娘へのプレゼント
「リラさん用の料理をする場所ですけれど」
ビオラお義母様とレオンの生みの母と、ついでに公爵様と昼食をとっていた。正式に結婚したことの祝いの言葉はもう頂いたし、こんな面倒くさく微妙な私を娘として受け入れてくれることには感謝している。
だが、やはり価値観が違う。既に不安だ。
「見取り図の案をいくつか用意させているの。使う本人の意見を聞かずに建て始める訳にもいかないからまだ着工ができていないけれど、もう籍も入れてしまった事だから、できれば早く贈りたいの」
「……」
ああ、結婚したら贈ると言っていたが、本気だったのか……。
「いえ、今のままで特に問題はないのですが」
「リラさん、今の従業員用の厨房では、他のものたちがその間は使えませんし、婚約者とレオンの妻では気の使い方も変わります。それに、不特定多数が入る場所では安全管理も難しくなりますから」
第二夫人に苦言を呈された。
料理を趣味にしてもいいが、相応の環境でしろということか。
諦めてもいいのだが、たまに料理はしたい。別に料理が得意なわけではないし、極めたいわけでもない。ただ、自分の好みの味につくり、焼きたてのブルストをキッチンでそのまま食べたいだけだ。ついでにエールを冷やして飲みたい。
個人の料理場が出来たら、人目など気にせず上品さの欠片もない酒盛りセットを作れる。
「……はい、後で、確認をさせて頂きます」
「設計士と話しが必要ならば呼びますね」
「はい」
欲に、負けた。
公爵家の料理人には申し訳ないので、ふかした芋にバター塩だけで食べたいととても言えない。
「ビオラ」
公爵様が声をかけた。そんなものは不要だと言うのかと少し期待したが違った。
「こちらに作るのはいいが、公爵領の本邸にも準備するべきではないか?」
「まあ、確かにそうですね。レオンさんが爵位を継げばあちらで過ごす時間も増えるでしょうし。私としたことが、気が付きませんでした」
私用の建物がもう一つ増えることが決定した。
結婚祝いに、台所を新調するのは裕福な商家ならばあり得るが、規模が違う。
こんな感じを考えていると渡された図面は、ちょっとした屋敷だった。
料理場や食材庫、食べる場所くらいはわかるが、なぜか他にも五つ部屋があり、湯あみ場やトイレも三つある。
嫁いびりで、お前の住まいは本邸にはないからとぼろ屋にというならばわかるが、これは完成してここに住めと言われても、嫌がらせにならないだろう。
「正式にソレイユ家の娘になったのならば、研究所の見学もしてもらわなければならないな」
「そうですね。研究に参加するかはリラさんの考えにも寄りますけれど、レオンさんのお仕事として知っておいていただいた方がよろしいでしょうね」
「研究所……ですか」
魔法の基礎研究の話もあった。レオンの仕事を手伝っていて、領地関連は頼まれるが、そちらの仕事は機密があるのでと回ってこなかった。
「ビオラのために始めたものだが、今ではソレイユ家の主軸の一つになっている。基本的にはビオラに決定権があるが、レオンにも一部を任せている」
「ひっそりと楽しむ場所の予定でしたのに、なぜか大きくなってしまって」
「研究員が増えて、事業拡張を余儀なくされてしまったから仕方ありませんわ」
なんというか、ただの公爵夫人ではないのはわかった。
普通の公爵夫人は、社交に出ることと、一部夫の仕事を手伝い、主な仕事は家の管理と子の教育だ。だが、ソレイユ公爵夫人はそれだけではないというのだ。
「私の夫人たちのようなことまでは求めていないから安心していい。故郷の管理もあるだろうからな」
「はい……わたくしのような若輩では、とてもお母様達のようにはできる自信がございませんから」
同じことを求められたら、流石に無理だ。
「レオンから、一度ライラック領に向かわないといけないとは聞いています。私たちはもう少しこちらで仕事をしないといけないから、その間の方がこちらの都合もつけやすいわ。長旅で疲れているでしょうし……、生家で数日ゆっくりするといいわ」
第二夫人が言う。
私の部屋はあんまりよくないけれど、まあ、ここでずっと気を遣うよりはましかもしれない。
別にレオンの家族が嫌いなわけではない。むしろいい人たちで怖くなる。
それに、まだ距離感が分からない。
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