第157話 婚約者としての最後の日
リラに爵位授与が決定される前、噂すら立つ前に結婚してしまえばいいと言われ、シーモア卿に相談したその日には結婚の書類を整えた。
この手は、最悪俺がレオン・ライラックになる可能性もあるが、気づいたのだ。そうなったらなった時だ。
今は先のことよりもリラが心変わりをして消える方が困る。
最後にリラの後継人であるシーモア卿の許へサインをもらいに行ったが、まさか夕刻前に来るとは思わなかったらしく微妙な顔をしていた。
リラも希望しているからサインするが、泣かすようなことはないようにと釘を刺された。それを正式に申請して戻った時には夕食が終わった時間になっていた。
「申請は終わられたのですか?」
「はい。明日には正式に受理されると思います」
迎えに出てくれたリラに報告をする。
「……そうですか」
「リラ殿の部屋に行っても? 少し話をしておきたいので」
了承を得て、婚約者として公爵家で過ごしてもらうため準備した部屋へ向かう。
「おかえりなさいませ、レオン様」
随分と所作がそれらしくなったクララに迎え入れられる。
「クララ、お茶を淹れたら今日はもう休んでいいわ」
「はい」
夜用のハーブティを入れ、クララがメイド用の部屋に下がった。
途端に、しんと部屋が静かになる。
ふと、流石に急ぎ過ぎたのではないかという不安がよぎる。だが、のんびりと構えていて明日の新聞にリラの功績が載らないという保証はない。
「お義母様から、結婚式までは体系は変えない方がいいと進言いただきました」
いつものどこか淡々とした口調でリラがいう。
「そうですか……」
それ以上痩せるのは体に悪いとは思うが、もう少しふくよかでもいいとは思う。結婚式のドレスは女性にとっては重要なので、そのためだろうか。
「です、から……。その、初夜は、少し後に……していただけると」
リラの顔を見ると、みるみる赤くなる。
「ああ」
体系を変えないなどと、遠回しに言うので気づかなかった。というか、リラと結びつかなかったのだ。
「まだ……婚約の契約が、有効ですから、許可なく触れたりは、できませんから」
つられて、赤面してしまう。
夢に見なかったと言われれば嘘になるが、何というか。本当に婚約者ではなく、婚姻できるのだろうか。いや、明日には、正式に夫婦として認められているはずだ。
少し待って欲しい。それはつまり、今までの様に外聞を気にして二人きりにならないようにする必要はないということか……今の様に。
「っ」
今、部屋に二人きりだ。
急に緊張してきた。
「あの……婚約は、何度もしてきましたが、実際に結婚までするのは初めてで、正直言って勝手がわかっていません。ご存じのように、閨事の経験もありませんから……失望をさせるかもしれません」
リラが少し困った顔で言う。本当に結婚するのかと、妙に実感がわいた。
「リラ……殿。二つ、お願いが」
「はい」
「明日からでいいので、リラと、敬称なしで呼ばせていただいてもいいでしょうか。もちろん、俺のこともレオンとそのまま呼んでもらえれば」
リラ殿と呼ぶのが嫌なわけではない。ただ、ジェイド王がリラと呼び捨てにしているのが、羨ましかったのだ。
「公の場では、敬称を付けて呼ばせてもらいますが、他であれば……」
リラ嬢と呼んで怒られた時から、一年で、ここまで進歩できたのか……。
「もう一つは何ですか?」
促されて、これ以上期待してはいけないと思いつつ、うまく行けば今日が最後の婚約者として過ごす夜だ。ダメもとでも、頼まなければならないことがある。
「その……最後に、夫婦となる前に、もう一度、口づけを許していただけないでしょうか」
「口づけ……ですか」
リラが困っている。慌てて理由を言う。
「以前、他の婚約者とも口づけはしたと、そう言っていたので……。せめて、回数だけは負けたくないという、くだらなさ過ぎる男のプライドです」
自分で言いながら、本当にくだらないとわかっている。だが、一度だけならば絶対に単独一位にはなれない。だが、二回ならばわずかでも一位の可能性が出る。
「やはり、ダメですよね」
結婚したからと態度を変えるつもりはない。伯爵位が授けられたら、離婚される可能性もある。それがなくとも、大事にしたいのだ。
「いい、ですよ」
「そうだと……え?」
嫌ですと言われる予定が、違う言葉が返ってきてぽかんとした。
「いいですよ」
少し困ったような顔だが、嫌悪はない顔だ。許可が出て、慌てて立ち上がる。
リラも立ち上がったので、腰に手を回す。右腕はまだ吊られている。不便だったが、今ほど歯がゆく思ったことはない。
「改めてするというのも、気恥ずかしいですね」
はにかむリラの唇に自分の口を重ねる。時間をかければ、邪魔が入るという本能が告げていたからだ。
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