第155話 解決策


 シーモア卿から、人払いをして欲しいと頼まれ、メイド達も下げた。護衛役は昔から俺が担っていたので、他の護衛も下げる。聖女様がいるので少し嫌がられたが、マリウス殿下が最終的には指示をした。


 場が整ってから、シーモア卿が口を開く。


「では、レオン殿には早急に婚姻の書類を完成させこちらへ持ってきてください。公爵様のサインを忘れないように」


「は? シーモア伯爵、我々の話を聞いていましたか?」


 シーモア卿の言葉にぽかんとしてしまった。


「三日の内にはお願いしたい。それよりも早い分には問題ありませんが、遅れるほどにこの方法は使えなくなります」


「シーモア卿、話を聞いておられたか?」


 王太子が少し困惑した声で俺と同じことを聴く。


「拝聴しておりました。そして、帰国直ぐの呼び出しで、わざわざ伝えた理由は国王陛下の最大の配慮でございましょう」


 俺もわからず流石に首を傾げる。


「非公式の場で、決定ではなく可能性が高い褒章についての説明をされただけです。実際にいつ褒章を与えると言う話ではありません。ならば、褒章を与えられる前に、褒賞が与えられると世間が知る前に、結婚してしまえばよいのです」


「……だが、それではレオンが公爵になった時に支障が出るのではないか?」


 結婚書類を急ぐことはできる。だが、公爵位となれば流石にすぐに継ぐことはできない。


「ソレイユ公爵家が、下手な跡継ぎを指名した場合、どちらが最も被害を受けるとお考えでしょうか?」


 シーモア卿の問いかけに、マリウス殿下が苦い顔をした。


「我々王族だな……」


 それにシーモア卿も頷いた。


「ここからの話、老いぼれの妄想と聞き流していただけるというのであれば、続けさせていただきますが、いかがでしょう?」


 不敬な事を言うつもりなのだろう。先に咎められないように予防線を張り、それをマリウス殿下が了承した。


「結婚後、リラ嬢に伯爵位が与えられた場合、それを理由に離婚をさせることはできません。無論、ソレイユ家の正式な跡取りとして公表されているレオン殿が婿に出ることも難しい。結果として、ライラック領をソレイユ家が監督する形に落ち着くでしょう。そして、二人の子供が二人以上の場合、ソレイユ家とライラック家、それぞれの跡取りとして正式に家門を分けることになるかと」


 ライラック家が男爵家であれば、流石に受け入れられない話だったが、伯爵家であれば、許容はできる話だ。


「その際、現在ソレイユ家が扱っている事業の一部はライラック家に譲渡される可能性が高いでしょう。平和的に、ソレイユ家の権力を削ることができるのです」


 リリアン様に慰められていたリラが顔を上げた。


「……それは」


 言いかけて、口を噤む。シーモア卿は更に続けた。


「結果として、国の安定に繋がるのであれば、無理に離婚やレオン殿をライラック家へ入れることはないでしょう。無論、ソレイユ家の跡取りを別にと目論んでいる場合などは少々危険な賭けではあります。それを踏まえてソレイユ公爵様がどう判断されるかはわたくしにはわかりません」


 無論、すんなりと子が産まれるとは限らない。だが、最悪家門から養子を取ればいい。


 それに、リラが伯爵になった途端に爵位を狙った男たちが群がってくるだろう。リラならば領地運営はできるかもしれないが、支える伴侶がいなければ難しい局面もくる。


 伯爵位を与えられてしまってからでは、リラとの結婚は俺が家を捨てなくてはならない。だが、その前に結婚してしまえば、妻の実家を支援するのと近い形で、領地管理をすればいい。


 ライラック領には代理人を置き、定期的に向かうことにすれば問題ないだろう。


「シーモア伯爵。お知恵を貸していただき、ありがとうございます。正式な書類などを確認させていただいても? それに、色々と法的な面の確認もしておきたいのですが」


 両親は今日にもソレイユ領から王都の屋敷に戻ってくる。孫を見たくて仕方ないのだ。なので、この後すぐに話をして、了承を得られれば、すぐにでも結婚の書類は整うだろう。


「レオン様……本当に、よろしいのですか?」


 リラが涙を拭い、こちらを見上げる。


 リラの座る前へ移動して膝をつく。


「もう少し、ムードのある場所で申し込みたかったのですが……。婚約者ではなく、伴侶になってれますか?」


 横に座るリリアン様が大変に嬉しそうな顔をしているが、今は視界に入れないようにする。


「……後悔は、しませんか?」


「後悔しないように、一緒に頑張りたいんです」


 一度目の婚約は先走ってエールをかけられ、二度目は即答で断られた。結婚の申し出への答えがこれならば、とてつもない進歩だろう。


 昨日のリラの姿を見て、妙案がなければリラと駆け落ちをしてもいいとすら考えていた。だが、リラに余計な苦労を掛けることにならずに済むことはよかった。


 無論、うまく行かなければ……俺が公爵になれなかったり、リラと離婚せざるを得なくなったり、障害の可能性は残っている。だが、可能性があるならば、それを捨てるつもりはない。


 シーモア卿が咳払いをした。


「後継人として、結婚を急ぐことは受け入れますが、リラ嬢に不利とならないよう、もろもろの契約書の作成が済むまでは、婚約契約書の内容を引き継ぐように。それと、伯爵位が与えられた場合にも、再度内容の変更を行うように」


 リラの後継人からも許可が出た。



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