第154話 法律家シーモア・サイプレス


 王宮の、それも王族の生活する場に呼び出されて流石に顔が引き攣る。


 マリウス殿下の横にはレオン・ソレイユが立っていた。


「ああ、急に呼び出してすまない」


「いえ、殿下より直接のお声かけ、光栄でございます」


 頭を垂れ、リラの元婚約者に礼を尽くす。


 改めて、あの子は随分と凄い世界で生活をしていたのだと実感をしていた。


「今日呼んだのは、内密に相談があったからだ」


 かけるように指示を受け、着席した。


「わたくしに対応ができるようなことでしょうか……」


 リラの問題などで王宮の使者とやり取りをしたことはあったが、王族と直接言葉を交わしたことはない。


「単刀直入に聞くが、公爵家の跡取りと、伯爵を結婚させる方法はあるか?」


 王太子の言葉に眉根を寄せる。


「……つまり、リラ嬢とは婚約破棄をされるということですか」


 つい、目を細めてレオンの方を見てしまう。


 リラを助けるために尽力する姿を見てきた。だから、婚約の継続も認め、夏には結婚を許すことにしたのだ。


 だが、別に女ができたということか……。


「婚約破棄はしません」


「では、リラ嬢は第二夫人に?」


 リラの立場を考えれば正妻はむしろ無理があるのはわかっていた。だが、気分のいい話ではない。


「いいえ……。マリウス殿下。私から順を追って話をさせて頂いても?」


「ああ」


 王太子殿下の後ろに控えていたレオンが改めて説明を始める。


 リラは、妙な子だとは思っていた。だが、今朝新聞に載っていた大事件に助力をしていたとは……。


 マービュリア国とルビアナ国から功績への感謝があり、リラが伯爵位を賜る可能性が高いという。


 それでようやく理解ができた。


「……リラ嬢にも話を伺っても? 彼女の意思が確認できない状況では、何とも言えません」


 伯爵となれば、私と同じ爵位だ。無論新参で女性では少し弱いが、王妃様と聖女様の覚えめでたい点を考えれば、十分貴族としてやっていけるだろう。


 婚約などさせられず、自力で生きたがっていたのを知っている。もし、これを機に生活を変えたいというならば、私はリラを助ける必要がある。


 公爵家だろうと王家だろうと、リラを縛る理由にはならない。


「リラをこちらへ呼んできてくれ」


 王太子が命じる。リラも王宮にいるのか。


 待つ間に、機密にならない範囲で事情を聴く。


 ライラック男爵領がリラに下賜され、国の管理する土地の一部も与えられることになるという。


 リラと婚約している間、貯水池へ一緒に出向いたことがある。生家での生活環境を確認するためもあった。


 あの貯水池を貯められる魔法が異常であることも。環境が不遇であることも。それらを理解したが、私ではリラの将来は支えてやれない。だから見合ったものを紹介した。まあ、他に女を作って婚約破棄となったが……。


 リラはもうあの頃の少女ではない。貴族の娘ではなく貴族の当主として生きられるのならば、応援をすることはできる。


 しばらくして、長い銀髪に青い目をした美しい少女が入ってくる。その少女に手を引かれてリラが入ってきた。化粧で隠しているが目元が腫れている。


「急に呼び立ててしまったようで申し訳ありません。あと、こちらは聖女であられるリリアン様です」


 リラが謝罪した後、手を繋いでいる少女を紹介した。


 紹介を受け、一瞬呆然としてしまったがすぐに片膝をついて頭を垂れる。聖女様はこの国において王よりも敬うべき相手だ。


「聖女様に直接御目通りできること、大変に……光栄でございます」


「頭をお上げください。今日はわたくしの友人であるリラのためにお力をお借りしたいのです」


 キラキラと輝くような神々しさのある少女がマリウス殿下の横に座り、聖女様は横にリラを座らされた。


「先ほど話は伺いましたが……リラ嬢はどのようにお考えなのでしょうか」


 リラに視線を向けると困った顔をしている。


 リラが望まないのであれば、聖女様の頼みであっても結婚をさせることはできない。


「……無理な事は仕方ありません」


 聞き分けのいい言葉を言う前に、一瞬だが表情が歪んだ。


 もし、望んだ婚約破棄であれば、一瞬笑みを隠しきれなくなるだろう。だが、そういうものではなかった。


「リラ嬢。二人で話をしますか?」


 王太子と聖女様のいる前で、本音を言えなくとも不思議はない。問いかけるが、あきらめた笑みを返された。


「レオン様は、元々私には過ぎた相手。それに、婚約破棄には慣れています」


「リラ殿」


 婚約者の方には視線を向けず、リラは目を瞑った。


 私の知るリラ・ライラックは、多くを諦めさせられてきた子供だ。それがそのまま大人になってしまった。


 新しい環境に馴れても、すぐに捨てられる。それでも、毎回努力してきたのだ。


 無論、折角だからと経験を積み、学び、自分の力とするためもあったろう。生きるためには必要な事だった。だが、勝手な理由で押し付けられる婚約破棄に、恨み言の一つも言ってもいい立場だったのだ。


 私が紹介した知人の息子が浮気の末に婚約破棄を言い出したとき、リラは友人に恋人ができたとでも聞くように祝福した。その時、この子は誰かに期待していないと初めて理解した。


 レオンと二人で婚約が有効か聞きに来た時を思い出す。


 リラはまた婚約破棄をする予定の相手としか認識していなかった。


 リラを助けようと必死になるレオンに対して、この男ならば、リラを任せても何とかなるのではないかと婚約の継続も認めた。あの頃には少なくとも紹介した知人の息子よりもリラはレオンに情が湧いていただろう。


「リラ、私はどうなるべきではなく、お前の気持ちを聞いている。我が儘であろうと、正しくなかろうと構わない。リラは、どうしたい?」


 やんごとなき方たちの前で、良くはないが言葉を崩して問う。リラのために呼び出されたのだ。これで不敬とは問われまい。


「………」


 表情を歪ませると、リラは言葉を詰まらせる。


「一緒に、いたかった……です」


 絞り度した言葉の後、聖女様がリラを抱き寄せて慰める。


 当たり前に聖女様にそんなことをさせるリラに呆れる。それと同時に、私の対応も決まる。


「わかりました。では、今回の依頼を正式に受けましょう」


 依頼主よりも、孫娘のように思っているリラの心情を優先した時点で法律家としては失格だが、その前に人なのだ。


 それを思い出させてくれた事が、私がリラ・ライラックと婚約して得た一番大きなものだ。




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