第152話 焦り


 どうすればいい。


 リラから全てを奪い無力にしても、リラは平気な顔でひとりどこかへ行ってしまう気がした。


 リラが正しく評価されることは嬉しい。だが、それで俺の許から消えるなど受け入れられるはずがない。


 それと同時に、跡取りとしての責務を全て捨てて、リラに婿入りすることはできない。


「まだ正式に爵位の授与をしたわけではありません。今日は、それについての話をしておかなければならないので疲れているところを呼び出しました。話し合いは後日にしましょう」


 王妃様が声をかけ、功績に対する褒章の説明が終わりだとわかる。


 この方は、リラを気に入っている。だが、最優先するのは国の安泰だ。


「リラ……今夜はこちらで過ごしても構いませんよ」


 王妃様がリラへ声をかける。それを聞いて顔を上げたリラが、一瞬迷って首を横に振った。


「いえ……公爵家へ戻ります。後日リリアン様とのお茶会に呼んでくださいますか?」


「ええ」


 ベールで顔を隠した王妃様が席を立つ。


「今回のことは感謝をしている。可能な限り、手は貸そう」


 そう言うと陛下も席を立ち退席した。


「………」


 これが、リラでなかったら、部下だったら、その出世に祝いの品を考えただろう。とても素晴らしい評価をされたのだ。


 だが、リラを失いたくない。


 そう思っているのが俺だけだという事実が辛い。


 リラは、あっさりと婚約破棄を受け入れた。わかっている。彼女にとって婚約破棄は当たり前になってしまっていると。だが、俺にとっては初めての婚約者で、大切にしたいと決めた相手なのだ。


「レオン様、戻りましょう」


 立ち上がったリラに声をかけられる。


 一緒に公爵家へ戻ると王妃の申し出を断ってくれたことはほっとした。このまま、二度と会えないのではと思った。だが、一緒にいるのも辛い。


 ルビアナ国の黒い石にあてられたように、頭がぐずぐずになる。悪い事しか考えられなくなっていく。


 婚約破棄を暗に促す王に対して、家臣として考えてはならないことが頭をかすめた。だが、表面上だけでも冷静さを取り戻せたのは、横のリラがあまりにも平然としていたからだろう。


 もし、謀反を起こしたとしても、リラは俺のそばに残ってはくれない。それどころか、どこかへ消えてしまうと思った。


 どうすればいいのか、いっそ、家を捨て、リラへ婿入りしてもいいと、現実味のない事を考えてしまう。


 王宮内を、リラをエスコートすることなく歩く。リラからは少し距離を取られているのが分かる。それを詰めることはできなかった。


「リラ!」


 悲鳴に近い声がして振り返ると、リリアン様がリラに駆け寄っていた。後ろにはマリウス殿下もいる。


 ふたりは、平民と王太子という立場でありながら、結ばれることが運命で決められている。今、それがとても羨ましい。


「リリアン様」


 聖女様を抱きしめて許されるものは多くない。リラが飛びついたリリアン様を抱きしめ返す。二人の仲の良さを見て、最終的にリラを好きになった。今はその光景も悔しい。


「リラ、リラっ、泣かないで。私も、私も一緒に考えるからっ、だから……私も力になるから」


 リリアン様が泣いているのだと思っていた。けれど、泣いているのはリラだった。



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