第147話 ミモザの覚悟
炎属性だと判明した時、私はがっかりしました。
両親を考えれば、炎属性が発現する可能性が一番高いことはわかっていました。けれど、たまに隔世遺伝で別の属性になることもあると知っていましたから、少し期待していたのです。
お兄様がその制御のために厳しい訓練をしていました。私も、わかってからは訓練をさせられました。
特殊な防火部屋で、念のためにと皮膚や髪にもべたべたと耐火クリームを塗られての訓練です。あれは三回洗ってやっと落ちるので好きではないのです。
私の魔力は幸か不幸か兄ほど多くはなかったので訓練は兄より早く終わりました。
炎魔法は魔力が小さい平民でも属性が分かれば訓練が義務付けられています。幼子でも魔法が使えてしまう時があり、そういう子供が平民から出れば強制的に施設へ連れていくこともあると聞きました。
随分と昔に、それで村が壊滅しかけたことがあったそうです。迫害されないためにも必要な措置で、訓練がされれば平民では重宝される属性です。平民の訓練の費用は無料ですが、有事の際、戦争などがあれば真っ先に徴兵されるのです。
向かってこようとする兵に対して、炎の壁を作り上げると、相手はたじろぎました。
アクアリオス様が、兵士に対して武器を置くように勧告します。
公爵家の生まれですが、我が家には多くの平民がいました。ビオラお母様はそういう方たちにも誠実でした。だから、わたくしも平民や下位貴族だから死んでもいいとは思えません。
けれど、私の魔法は人を傷つけるのにとても特化した魔法なのです。
もし、兵士たちが死を恐れずに炎の壁を越えてしまえば、火に包まれることになります。
「ミモザ……あちらの大将がこちらに来ます。道を開けてもらえるかい」
「わかりましたわ」
立派な甲冑を着込んだ男が、こちらに向かってくるので炎を一部消し、道を開けます。
二人が会話する間、炎の管理に集中します。もし、この大将がアクアリオス様を害しようとした場合、焼き払うことも念頭に置いておきます。
離れるのは嫌でしたが、息子を兄の飛行船に預けられたことは幸いでした。子供の安全を確信できたことで、こちらに集中ができます。
「ああ………軍部への処罰を行わないと約束しよう」
「それと……これは、軍人としてではなく……一人の父として、ハーレムの解散をお願いいたします」
交渉の内容を全て聞いていたわけではありませんが、顔に傷のある男が頭を下げた。
ハーレムの悪しき歴史は聞いています。おかげでこの国には著しく水属性の者が少なくなったのです。
炎魔法と違い、比較的発現率の高い属性だというのに。
「ああ……、あの女性たちには十分な手当を与え、解放しよう。身寄りのないものを放り出すようなことにならぬように、制度を考える必要はあるが、帰る家があるのならば、すぐにでも会えるようにしよう」
「………感謝いたします」
話の中で、兄からの情報が役に立ったようです。
ハーレムの女性を頭のおかしな理由を付けて処分しようとしていたのです。幸い、誰も亡くなることなく助かったようです。
貴族の娘も多くも囲われていたと聞いています。
頭を下げる殿方を見て、貴族としてはだめですが、父親としてはいい方だと思います。必要であれば家のために娘の嫁ぎ先を決めることは当たり前であり、仕方のない事です。けれど、娘の幸せを願える父の方がいいに決まっています。
アクアリオス様の祖父であり九十歳の生誕日に亡くなられたブルークレスト国王陛下は青年のころはとても堅実な王でした。けれど、いつからか可笑しくなり、必要以上に水属性の女性を集め始めました。
風習として、ハーレムはありましたが、十人程度で、中には水属性以外の者もいました。王が水属性であれば、他属性でも子供が水属性になることもありましたし、権力闘争の関係で、有力者の娘を入れなければならなかったのです。
けれど、陛下は必要以上の女性を集め、独占しました。
そして疫病が流行ると閉じ込め、碌な治療もさせずに隔離しました。
多くが亡くなる中、更に別のハーレムを作り出したのです。
そのころには、多くの貴族が王への忠誠を捨てていました。
そして、新たな王は、かの方よりも危険な事を始めたのです。他に担ぐ神輿があるならば、変えようというのは仕方ない事でしょう。
ですが、ここまでうまく行くとは思っていませんでした。
貴族は自分の利を考えるものです。愚鈍な王から暴利をむさぼるのは簡単なのです。実際、ブルークレスト王の即位中、利益を得ていた貴族は少なからずいます。その者たちにとっては、新しい王もまた、愚かであるほど便利なのです。
けれど、すべての貴族がそうではない。特に、前線に立たされるものは反発していた者が追いやられた結果、一番死地に近い場に晒されたのです。
だからこそ、裏切る事に……むしろ、国をよくするためならばと、反乱も厭わないのでしょうか。
私が生まれ育った国は、聖女様がいました。
私が知る聖女様はおばあ様で、とても穏やかで少しお茶目な方でした。
そんな方の息子だからか、国王陛下も穏やかで聡明な方でした。
マリウス殿下は幼いころはやんちゃで世話役に任命させられたお兄様は手を焼いていましたが、悪い方ではありません。
王族は貴族の意見を聞き、そして平民の生活が困らないように気を配る。必要であれば身銭を切ってでも生活を守ります。そんな理想的な国に生きていたのだと実感します。
そんな国を作ることは難しいのかもしれません。
けれど、私はアクアリオス様と共に生きると決めたのです。
「ミモザ、炎を消していい。もう、彼らは私たちの同志だ」
私はまだ、誰かを自分の炎で焼き殺したことはありません。その覚悟を持ってここに残りました。けれど、そうならなかったことに、誰よりも安堵しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます