第135話 ザクロの仮説


 痛みで目が覚めた。


 今は何時なのか、わからない。


「……」


 左手を動かそうとすると動かない。拘束をされているのかと頭を上げて下を見ると、カーテンから漏れる光に照らされて、キラキラ光る薄紫色の髪があった。


 足側を向いているので顔は見えない。


 床に座り込み、ベッドに凭れ掛かっている。どうも眠ってしまっているようだ。そんなリラに、左手が捕まっている。


 右手は、ぶら下げられているので、自力では動かせないし。左手と違って常に痛みがある。


「起きられましたか」


 声をかけてきたのはザクロだった。陰にいたのか、心臓に悪い。


「ああ……。他のものたちは?」


 ひとりは、無理だったろうと思いながら声をかける。


「警護の三人は全員意識を取り戻しています」


「……本当か」


「はい」


 もうだめだと思っていた。だが、奇跡は起きたらしい。


「そうか……よかった」


 安堵したが、良くない情報をザクロが続ける。


「よそ者が来たので怒りに触れたと言い出すもの、そして、リラ様の功績は全てセラフィナ様のもののようになっています」


「……何?」


「鉱山夫に多数の死者が出ており、奇跡的にひとり助けられました。場所についてはリラ様が教えたものです。ですが、それはセラフィナ様が見つけたような話になっています。そして、リラ様は自国のものだけを助けたと」


 悔しがるのは理解できる。


「それよりも、我々への敵対感情で、こちらに危険が及ぶようなことは?」


「セラフィナ様が、ご自身とジェイド王が連れてきた客人であると大衆に対して宣言され、事故は偶然だったと。そして、犠牲者への追悼として皆で祈ろうと呼びかけていました。負の感情を連鎖させたとしても、また悪いものを呼び寄せるだけだといい、祈りの後、ご遺体の捜索は順調のようです。そして、これまでに見つかっていた黒い石の代わりに薄い水色の石が見つかるようになったようです。それを、セラフィナ様の聖なるお力の結果だと、噂になっています」


「……俺を探すときに使った水球が、それを変質させたのだろう。大きな黒い岩が、リラの水に触れるたびに色を明るくしていたからな。それが、発見されるようになったのだろう」


 あんなことができるのかと、感心しかない。


「リラは……寝ているだけか?」


「魔力枯渇に陥ったようで、倒れてからしばらく昏睡状態でした。いつ目覚められたのか、わたくしが所用から戻った時には、レオン様のそばで眠られていました。引き離すのもなんでしたので」


 リラの肩にかけられた毛布はザクロの気遣いか。


「リラ殿がいなければ、助からなかったろう」


「はい」


 返事をした後、ザクロが近寄り一粒の宝石を摘まみ目の前にかざす。


「ああ、これと同じ色だ」


「機密と言われましたが、どのような罰があろうとも、レオン様にもお話をします」


 そう言うと、ザクロが順を追って王城で依頼された作業の場にあった黒い石のこと。セラフィナが持っていた石をリラが触るとこの石と同じく澄んだ色に変わったこと。露店の石も同じようなものだったと語る。


 そして、セラフィナが持っていた石は、奴隷商が奴隷に魔力を使わせるときに使用させ、効果は魔法の増幅だったという。


「増幅の魔法石はこれまでにもあったはずだ」


「はい……ですが、かなり高価なものでした。これはどうも安価なようです」


 ザクロの症状と同じく、嘔吐し、気を失いそうになるほどの頭痛がした。それが城の中に大量にあったということか。


 この国の王は、何をしたいというのか。


「いくつか、秘密裏に持ち帰る。研究所に回して、研究をさせよう」


「承りました」


 ザクロがどういう方法で密輸するかはわからない。最悪、見つかった場合、ザクロ一人の責任にして切り捨てることになる。そうしてでも、必要な事だ。


「……レオン様」


 ぎゅっとさらに手を握ったリラがぽやぽやとした顔でこちらを見た。


「内緒にしなくても、堂々ともらって帰りますから、大丈夫です」


 寝ぼけているのか、こっちを向いて、手をにぎにぎと揉むように触ってから、また寝た。


「リラ様、レオン様が生き埋めになったと知り、今までで見たことがないほど動揺されていました。ご自身が倒れられるまで、決してレオン様から離れようとしなかったので、病室も同じにしていただいていたのですよ」


「リラの顔を見たらほっとして、意識が遠退いてしまったからな」


 助けが来たところまでは覚えている。


 道が通ると、小さく開いた穴からリラがこちらを見ていた。


 リラがぐしゃりと顔を歪めて、泣き出したところまでしか覚えていない。


 リラが泣くのは、そうか、リラが誘拐された時だったか。ふと洪水にならなかったか心配になった。ザクロに聞けば、リラはあの後意識が切れるまでずっと泣いていたが、そういうことはなかったそうだ。やはり、魔法封じを付けられた特殊な状況下だから起こったのだろう。


 今回は、リラが危険ではなかっただけマシかとも思ったが、あんな奥まで来ていた時点で、また崩れでもしたらリラまで巻き込まれていたかもしれない。


 そう考えると、とても無茶をしてくれたのだろう。


「できるだけ早く、出発をしたい。どうも風向きが悪いようだからな。後で侍従の誰かを読んでくれ」


「かしこまりました。それと……」


 了承した後、ザクロがあたりに視線を向けた後、声を潜ませる。


「リラ様の婚約者に訪れていた幸運に関してなのですが」


 ザクロがどう話すか、考えている。


「リラ様は、無意識に魔力の流れなどを整えてしまっているのかもしれません」


「?」


 理解ができないのは、まだ寝起きだからではないだろう。


「自分で言っていて、稚拙な仮説だと思っています。けれど、黒い石が不幸を呼ぶ何かと仮定した時、リラ様はそれを打ち消してしまえる何かを持っているのだと。無論、黒い石のようなはっきりしたものだけでなく、他にも同じようなことが起きていても不思議はないと思うのです」


「……それについては、念頭に置いておこう」


「妙な事を言いました。移動のための者を呼んでまいります」


 ザクロが、部屋を出た。


 こちらを向いてまた寝てしまったので、次は頭を上げれば顔が見える。なんというか、いつも見ている顔よりも幼く見える。


 リラの近くにいると、それだけで幸せになるのは、リラが嫌なものを消している結果なのか。


 例えそうだったとしても、リラが倒れるまで魔力を使い必死に助けようとしてくれたから、俺は今生きている。ただリラがいるだけで救われたわけではない。リラの努力と行動の賜物だ。


「リラ」


 リラ殿と呼ぶことは嫌いではない。だが、ただのリラと呼びたいと思うこともある。それは、より近く感じたいからだ。無論、リラからはレオン様ではなくレオンと呼んで欲しい。


「助けに来てくれて、ありがとう」


 心の底から、言葉が漏れた。




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